注目される「脳腸皮膚相関とアンチエイジング」研究セミナー

近年、腸と脳との関連性を示す“腸脳相関”が注目を集めていますが、これに皮膚も加えた“腸脳皮膚相関”における興味深いデータが研究により明らかになってきました。食品素材が持つ新しい分野の可能性や最新の知見、将来への期待について専門家が解説する第7回アイメックRD業界研究セミナーの中からレポートします。

食品研究開発者の知りたい最新情報に触れるセミナー

今回、レポートするのはアカデミアに所属し食品臨床試験や治験などの分野に造詣の深い研究者たちが、最新の知見や研究データを持って登壇し議論を繰り広げる「アイメックRD業界研究セミナー」です。第7回となる今回は「腸脳皮膚相関とアンチエイジング」をテーマに2022年4月21日、オンラインと東京国際フォーラムでのハイブリッド形式にて開催され、会場に50名、オンラインでは200名もの健康食品や業界の関係者たちが、各々の商品におけるエビデンスと戦略の構築方法について情報を得るために集まりました。
登壇者3名はそれぞれの研究における目的や課題、最新のデータについて示しながら脳および皮膚と腸との関連性についてひも解きました。3つの登壇の中から、今回は内藤裕二氏(京都府立医科大学 教授)による「腸脳皮膚相関とアンチエイジング」についてご紹介します。

<登壇者3名と登壇内容>
・内藤 裕二 氏(京都府立医科大学)「腸脳皮膚相関とアンチエイジング」
・斉木 臣二 氏(順天堂大学)「パーキンソン病における臓器円環と皮膚変化について」
・山田 秀和氏(近畿大学)「腸脳皮膚相関」

老化現象は病気として治る時代に突入?

内藤氏は日本酸化ストレス学会理事長や農林水産省化学技術会議委員に加えて、2025年大阪・関西万博大阪パビリオンアドバイザーを兼任しています。現在、我が国では「健康的な食事」が重点課題となっていることをふまえ、エピジェネティクス※(epigenetics)の概念にも触れながら、老化メカニズムの科学的な解明やPoA(Pace of Aging、老化速度)、注目を集めている生物学的年齢(biological age)について次のようにお話されました。

2020年の日本人の平均寿命は、女性が87.74歳で世界1位、男性が81.64歳で世界2位と発表されました。しかし、“世界一、長生きなのに男性で9年、女性で12~3年間は寝たきり”というギャップは、2000年から縮まっていません。

一方、WHO(世界保健機構)が2019年に公表したICD-11(国際疾病分類の第11回改訂版)の中で、「老化関連の(ageing-related)」という意味をもつ、疾病分類コードを補助するコード※が新しく設定されました。これにより、老化が一つの病気であるという捉え方でフレイルや聴力の低下など、これまで老化現象として諦めてきたものが治せるかもしれないという時代になってきたと考えることができます。

※エピジェネティクス:同じ遺伝子情報を持ちながら別々の細胞に分化することについて、特定の遺伝子における目印に着目し、その仕組みを解明する学問のこと。代表的な目印には、「DNAメチル化」と「ヒストン修飾」の2つが知られている。
※疾病分類コードを補助するコード:エクステンションコード(extension code)と呼ばれる。ICD-11で新設されたコードで、そのうちのひとつに「老化関連の(ageing-related)」という意味をもつ「XT9T」というコードが作られた。

老化メカニズムの科学的解明

続いて内藤氏は、老化の9つの特徴について解明の経緯とともに解説しました。そのなかで、「ミトコンドリアの機能不全」に関して、腸内細菌の代謝物のうちミトコンドリアを刺激する物質を先制医療に活用する研究が紹介されました。また、「細胞の老化」に関して、今までは年老いた細胞は「静かにしている」と考えられていたのが、実は老化物質を分泌して周囲の細胞に悪影響を及ぼしているということが解明されてきました。これを受け、老化細胞をターゲットとした治療方法の開発が進んできたことについても紹介されました。

<老化の9つの特徴>
・ゲノムの不安定性
・テロメアの短縮
・遺伝子発現の変化
・タンパク質恒常性の喪失
・栄養感知の制御不全
・ミトコンドリアの機能不全
・細胞の老化
・幹細胞の枯渇
・細胞間のコミュニケーションの不調

生物学的老化スピード「PoA(Pace of Aging)」とは

次に、「PoA(Pace of Aging、老化速度)」の概念、暦年齢とは異なる体内の老化速度について話が展開されました。同じ暦年齢でもPoAには大きな個人差があることが、1972年にニュージーランドで生まれた1,037人を45歳まで追跡したコホート調査「ダニーデン研究」で明らかになりました。この研究では参加者の生体データ19種類からPoAを算出していますが、人によって0.40~2.44と老化速度には大きな差があることが分かりました。つまり、1年で0.4歳しか年を取らない人と、2.4年以上老化が進んでいた人がいるとういことです。

その差を生む原因として、「歩く速度が遅い人」や「握力の弱い人」、「老化について否定的な人」、「75歳まで生きられないと考える人」は早く歳を取るといった合計9つの特徴があることも示されました。さらにこれらは、脳MR検査※で見たときの脳における皮質の面積や、フェイシャルエイジングとも相関するという研究結果が出ています。
もはや年齢は加齢を表す指標の暦年齢(chronological age)ではなく、加齢に伴う臓器の機能および身体機能の低下から推定される生物学的年齢(biological age)で測る時代になり、これをどのようにして測るかという議論が注目されているとのこと。その議論の中で、トップを走っている定量化の手段が、DNAメチル化※レベルを指標にしたEpigenetic Aging Clockです。

Epigenetic Aging ClockはDNAがどの程度メチル化されているかを見ることで個人の老化速度を測れるとされており、老化速度を示す次世代バイオマーカーとして期待されています。
こうして得られた生物学的年齢を指標にした健康長寿戦略が今、海外でも盛んに提案され始めているとのことです。疾病を発症した場合には薬で治療することも必要な一方で、食事のような身近なもので継続しながら行う長寿戦略が重要であるとの見解を示されました。

※DNAメチル化(DNA methylation):多くの生物学的現象に関与する過程の一つで、DNAを構成する塩基配列のうちCG(シトシン・グアニン)配列のCに化学物質のメチル基(-CH3)が結合すること。
※脳MR検査:磁気の力を利用して脳の断面(MRI、Magnetic Resonance Imaging)や脳血管(MRA、Magnetic Resonance Angiography)を診る検査。

生物学的年齢としての腸年齢“gAge™(ジーエイジ)”を提案

生物学的年齢の健康長寿戦略への活用と食事の重要性を示されたあと、腸脳皮膚相関のうち腸からみた全身に対する影響について解説されました。ここで、ヒポクラテスの“すべての病気は腸から始まる”という言葉を引用し、筋肉の発達に腸内細菌が関与しているという研究結果について紹介されました。

驚いたことに、正常マウスの糞便移植は早老症マウスの寿命を回復させたという研究データもあり、欧米ではそうした研究結果を受けて、自分の糞便を若いうちにストックしておこうという“ノアの箱舟”を連想させるようなプロジェクトも始まっているのだとか。また、コホート研究からは腸内細菌叢と死亡率の関連も明らかにされつつあると述べられました。

内藤氏の提唱する腸年齢“gAge™(ジーエイジ、gut clock of aging)”は、このような腸内微生物や腸内代謝物の情報を解析することで老化時計(Aging Clock)を推定する手法の一つです。

長寿と腸内環境の関連を調べるコホート研究が京丹後市で進行中

最後に、現在日本で100歳以上の人が他の地域よりも3倍多いと言われ注目を集めている、京都府の京丹後市で進行中のコホート研究について話されました。この“百長寿”と呼ばれる人たちについて、腸内フローラや毎日の食事で摂取する内容を京都市内の人たちと比較し、血液検査や脳CT、サルコペニアに関するデータなど様々な情報を集積しながら研究が進められています。
現時点で彼らの腸内フローラは京都市内の人たちと比べて、病原性を示す大腸菌やサルモネラ菌などのプロテオバクテリアが少ないことが確認されていると報告されています。

今回のセミナーでは腸脳皮膚相関を学びながら、老化を病気として捉えるための科学的な視点やPoA(老化速度)および生物学的年齢といった概念に触れることができました。これらを企業が戦略的に情報発信へ活かすためには、エピジェネティクスにおける初歩的な知識についても理解した上で、生活者へ分かり易く伝えていくスキルも必要なのかもしれません。
腸脳皮膚相関はまだ解明しきれていない部分も多い一方で、食生活を含め、具体的に何をすればよい結果につながるかが明らかになってきたのも事実。京丹後市のコホート研究も含め、引き続き研究結果の発表が楽しみです。


ウェルネス総研レポートonline編集部

関連記事一覧