
【注目書籍】自分自身のからだの中を知るために、さぁ、『からだツアー』へ出発!

10年ほど前から注目されているマンガ『はたらく細胞』や、60年前に公開されて話題となった映画『ミクロの決死圏』をご存知でしょうか。『はたらく細胞』は、赤血球や白血球、マクロファージなどが体の中で、外敵(外から侵入する細菌やウイルスなど)と戦い、体を守っている様子をマンガ化したもの。『ミクロの決死圏』は、ミクロサイズに縮小した医師たちが体内に送り込まれ、からだの中から病気を治療していくという話です。
それらの作品を彷彿とさせる本書『細胞を間近で見たらすごかった ――奇跡のようなからだの仕組み』(小倉 加奈子著/ちくま新書)は、著者がツアーコンダクターとして読者とともに体内をツアーしていくという構成。食べ物や空気やバイキンとともに、身体を巡りながら細胞を見て回るツアー仕立てになっています。
「それではいよいよ『からだツアー』へ出発! 集合場所は、やはりココ。身体の入口と言えば『口』ですね」で始まるツアーには、著者が描いたと思われる手描きのかわいいイラストもついて、複雑怪奇な体内をわかりやすく紹介しています。
ツアーのコンダクターは現役病理医

この「からだツアー」は、章ごとに「ごっくんからうんちまで『ジェット消化器ツアー』」「ドライブしませんか?『からだ交通網 循環器ツアー』」「これぞサバイバルツアー『免疫サファリパーク』」といった見出しがついていて、ワクワクさせられます。
途中には「自由に動かせる『骨格筋ワイルドツアー』」や「産毛の生える平原『皮膚ガイド』「これぞ秘境!『脳と脊髄 からだ遺産ツアー』といった魅力的なオプショナルツアーも登場し、からだの隅から隅まで旅しながら、細胞ごとの形や働きなどを知ることができるのです。
なにしろ「からだツアー」のコンダクター(著者)は、病院で手術や検査などで採取された組織や細胞を顕微鏡などを使って調べ、病気を診断する「病理医」なのですから、その精密さはお墨付き。病理医は病気の診断に大きく関わる仕事で、Doctor of Doctorsといわれるほど、医師以上にからだの中の組織や細胞について知識を持っています。
日本の病理医の数は2789人(2025年4月現在)で、日本の全医師の1%にも達していないのだとか。そんな病理医の書いた本書だからこそ、ツアーに楽しさが加わります。
しかも著者は、松岡正剛氏が提唱した「編集工学」を15年近く学び、「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」を立ち上げた人物。この研究会では、医学をもっと自在に捉えたいと、医学や医療をテーマにしたゲームを開発し、細胞をテーマにしたゲームも作っているそうです。
細胞〜人体までを踏破できる読書体験

生物の基本単位である細胞は、臓器ごとにさまざまな形をしていますが、共通する基本的な性質は3つ。「細胞膜によって包まれている“ひと粒”」であり、「細胞の外から細胞膜を通してエネルギーを獲得」しており、細胞分裂によってターンオーバーを繰り返しながら「新たな細胞を作っている」ことです。
細胞が臓器ごとにさまざまな形をしているのは、細胞が担っている役割が異なるから。活発に活動している細胞にはミトコンドリアがたくさん含まれていて、たくさんのエネルギーが消費できるようになっており、たんぱく質を作る細胞には、粗面小胞体やゴルジ装置が目立つそうです。
その「細胞」同士が集団になると「組織」になり、いくつかの組織が組み合わさると一つの「臓器」を作り、臓器同士が連携して人体を動かす「器官」を作り、器官同士が合わさることで「人体」が作られる。こうして人体というビルディングが作られる……というわけです。
「からだツアー」をスタートする前に、まずはこのような体内の基本を押さえます。なにしろドイツの病理学者ルドルフ・フィルヒョウが「すべての身体の病気は個々の細胞の異変によって生ずる」と提唱したのは19世紀のことですが、いまでもその教えは病理学の基本中の基本なのだとか。まさに人間のからだは細胞のかたまり……といえるようです。
ただ漫然とツアーに参加するのではなく、細胞の個性的な構造、働きなどを知ることで、「ご自分自身を愛おしいと思う読書体験となったら」という著者の意図を受け取って、さぁ、人体ツアーに参加しましょう。
各章ごとに体験できる体内の不思議
まず最初は「消化器」からスタート。口から入って、上顎、歯、舌と進みます。特に舌と唾液は詳しく観察。興味深かったのは、味細胞の根本は、直接脳につながる神経とシナプスでつながっていて、さまざまな味の化学的な情報を脳に伝えているという説明。それは、毒を食べたらすぐに吐き出せるように、進化の過程で獲得した特徴なのだそうです。
また、味細胞には基本的に塩味、旨味、甘味、酸味、苦味の5つの受容体があることは知られていますが、近年「脂肪を感じる」6つ目の受容体が発見されたとか。この脂肪味に鈍感な人ほど、生活習慣病になりやすいのだそうです。
このように興味深い場所が、ツアー中あちこちに見つかります。「へー」と驚いたり、「だからなのか」と自分の経験と照らし合わせながら、からだの中を想像。そのうちに、人体図と照らし合わせながら読み進めたくなります。
消化器ツアーの後は呼吸器ツアー。そして泌尿器、循環器、免疫、生殖器と続きます。
循環器の章では、「赤血球に乗って」旅をし、心臓を中心に全身をつなぐ血管やリンパ管をよく知ることができます。免疫の章では、血液の中を“美肌菌”ともいわれる「表皮ブドウ球菌」に乗って、白血球を中心とした免疫細胞たちを至近距離で観察します。
臨場感も味わえるリアルさがわかりやすさの秘密
他の細胞と違って血液内の赤血球や免疫細胞は動き回るため、その行動を追いながらの説明はとてもリアル。
例えば「うわー、ブドウ球菌、一気に好中球に食べられてしまいましたー。す、すごい迫力でしたね。好中球は、いったん細胞を貪食すると自らも死んでしまいます。この際、好中球の細胞膜が破れて、中の顆粒が組織にまき散らされ、活性酸素によって周囲組織も傷んでしまいます。まさに焼け野原。細菌が無数に増えた場所には好中球の死骸だらけとなるのですが、これが『膿』の正体です」
まるで映画かマンガのような描写に、「こんなことが体の中で起こっているの?」と驚きながらも、退屈だった生物の授業と比べ、「この本を先に読んでいたら、もっと成績が良かったはず」と思われることでしょう。
著者が「編集工学」で学んだ「見立て」の手法が使われている点も、本書をわかりやすくしています。例えば、あらゆる細胞の表面には、「これは自分の細胞」だという名前のような目印を発現しているのだそう。それを著者は「名札と名札ホルダー」に喩えています。そして名札ホルダーごと落としている細胞や名札の名前がヘンテコになっている場合は「非自己」とみなして、細胞が自ら死滅するようアポトーシスの指令が出されるというのです。
こんな複雑にプログラミングされたからだの中の仕組み、誰が考えたのでしょうか? まだまだ解明されていないことも多い一方、毎年教科書を改訂しなければならないほど、昨今の医学の進歩は目覚ましいのも事実。
その古くて新しい医学の魅力をどう発信していくか……その工夫、苦労が凝縮された自分のからだと出会えるツアー本。読み終えると、自分のからだが愛おしく思えてくることでしょう。

【書籍情報】
『細胞を間近で見たらすごかったー奇跡のようなからだの仕組み』(小倉 加奈子著/ちくま新書)















