【セミナーレポート】患者数が半減する!?発症を遅らせる「アルツハイマー病」新薬3剤の最前線

去る11月15日、認知症治療の第一人者であるアルツクリニック東京院長・新井平伊先生によるアルツハイマー病根本治療薬「レカネマブ(レケンビ®)」の最新情報についてメディア説明会が開かれました。

説明会では、新井先生らによって執筆された『実臨床でのレカネマブ投与6ヶ月後の転帰』(2024年11月20日発行の「老年 精神医学雑誌」に掲載)の骨子と副作用の発生率、その後の経過について講演。さらにアルツハイマー病の興奮性症状に対する効果・効能が追加承認された「ブレックスピプラゾール(レキサルティ®)」や、11月に薬価収載された「ドナネマブ(ケサンラ®)」についても解説しました。

これらの新薬がつくる未来とは、どのようなものでしょうか。この記事では、アルツハイマー病の「早期予見・早期予防」の観点と治療の展望についてまとめます。

「早期発見・早期治療」では遅い?「早期予見・早期予防」に注目が集まっている

アルツハイマー病は、脳の萎縮により記憶や思考能力に障害が起こる疾患です。アルツハイマー病でみられる脳萎縮の原因には、アミロイドβタンパクの増加があります。アミロイドβタンパクは、神経細胞の膜タンパクの切れ端なのですが、何らかの原因で塊を作ってアミロイドβタンパクが蓄積すると、脳の神経細胞がダメージを受け変性してしまうのです。

さらに、アミロイドβタンパクの増加に伴って、情報伝達に関わる神経伝達物質・アセチルコリンが減少すると、物忘れなどの症状が出てきます。アミロイドβタンパクが溜まる根本的な原因は未だ不明です。現在までの治療では、このアセチルコリンの減少に対応する4種の対症療法薬がありました。

アルツハイマー病は、健常者から主観的認知能力の低下、軽度認知障害(MCI)、そしてアルツハイマー病と段階的に進行していきます。
「従来は発症のなるべく早い段階で発見し、早期に治療を行うのが常識でしたが、我々はむしろ、この前の段階をいかに見つけるか?ということに重点を置いています。今までの「早期発見・早期治療」という言葉に対し『早期予見・早期予防』という言葉を提唱し、アミロイドβタンパクが溜まりはじめても普通の生活ができる、軽度認知障害(MCI)の段階で介入することを目標としています」

主観的認知機能が低下している早期の段階では、MRIを受けても異常がないことが多いのですが、アミロイドPET検査ならば、アミロイドβタンパクの蓄積を確認することができます。

「従来よりも早期に介入できること。これが今後のアルツハイマー病における治療薬の概念になります。我々の論文にある「レカネマブ(レケンビ®)」と、11月に薬価収載された「ドナネマブ(ケサンラ®)」は、神経細胞の変性過程に作用できる薬で、“根本治療薬”ともいえるでしょう」

世紀の大発見から生まれたレカネマブ(レケンビ®)と「ドナネマブ(ケサンラ®)」

「レカネマブ(レケンビ®)」と「ドナネマブ(ケサンラ®)」は、世紀の大発見から生まれています。「理学博士のデール・シェンク氏が、アルツハイマーのモデルマウスを使い、アミロイドβタンパクを接種したところ、マウスの体内ではアミロイドβタンパクに対する抗体がつくられるだけでなく18ヶ月経過して老齢化したマウスでもアミロイドβタンパクの蓄積は明らかに少なかったのです。当時これは大きな発見でした。

脳には病原体などの侵入を防ぐため、血管を流れる血液と脳の間に血液脳関門というバリア機能があります。抗体はとても大きな物質なので、とてもこのバリアを通過するはずがないと考えられていたのですが、実際には脳に作用することがわかったのです」 

このワクチン療法は、すぐさま臨床試験に移ったのですが、フランスでの試験ではワクチンを受けた人達の6%に脳炎を発症、道のり半ばで臨床試験は頓挫してしまいました。
「そこでアミロイドβタンパクを直接的に接種するのではなく、抗体を人工的につくって接種するという方法が考えられました。その結果誕生したのが「レカネマブ(レケンビ®)」と「ドナネマブ(ケサンラ®)」です。

脳内に溜まったアミロイドβタンパクは、プロトフィブリルというやや短い繊維構造になり、神経毒性を持ちます。プロトフィブリルは時間の経過とともにさらに凝集して、繊維状の塊(老人斑)となっていきます。このプロトフィブリルに反応するのが「レカネマブ(レケンビ®)」です。また、「ドナネマブ(ケサンラ®)」は、老人斑に作用します」

「レカネマブ(レケンビ®)」は米国で承認後、わが国でも承認されました。対象は軽度認知障害(MCI)、軽度認知症の方で、アミロイドPET検査や脳脊髄液検査でアミロイドβタンパクの蓄積が確認された方であり、2週間に1度、点滴で投与します。

「1700人ほどが参加した臨床試験では、「レカネマブ(レケンビ®)」投与の18ヶ月後にはアミロイドβタンパクが約60ポイント減少しました。「レカネマブ(レケンビ®)」を使っても少なからず認知機能は低下してきますが、プラセボと比較してその低下が緩やかであり “進行が遅れた”と結論づけることができます」

「副作用は新型コロナワクチンと同じで、投与後に発熱があります。インジェクションリアクションと呼ばれる注射による反応ですね。また、アミロイドβタンパクは血管の内壁に付着します。薬剤によって血管壁のアミロイドβタンパクも減少してくると、古い土管の鉄錆が落ちて内側が薄くなり水が漏れやすくなるのと同様で、脳浮腫や微小脳出血もみられます。そこで我々がまとめたのが、『老年精神医学雑誌』に掲載されている『実臨床でのレカネマブ投与6ヶ月後の転帰』です。臨床試験の結果から、臨床で25名に使用した成果を、効果の良し悪しに関わらずすべて報告したものになります」

「男性9名、女性16名、平均年齢は、73.2歳。着目したのはやはり副作用です。副作用は、単なる臨床試験で得られたものと常に異なる可能性があります」

確認された主な副作用の詳細は次の通りでした。
・発熱や頭痛を伴うインジェクションリアクション=7例(28%)
・脳浮腫や微小脳出血=5例(20%)、重度2例、中等度1例、軽度2例
重度と中等度の3例は点滴を中止したが、4ヶ月後には脳画像の異常もほぼ消失

「上記の副作用を第三相臨床試験と比較しました。欧米人を含めた859人中日本人は88名、その内、インジェクションリアクションがあった方は26.1%(うち日本人は10.2%)、脳浮腫などは20.8%(うち日本人は14.8%)でしたので、日本人だけで比べるとやはり実臨床で頻度が高かったです。頭痛や吐き気を訴えた方がおられて検査をしたところ、両側後頭葉と両側前頭葉に脳浮腫がみられました。このような症例はMRI上では明らかな所見ですが、症状はほとんどありませんでした。また、点滴を中断して4ヶ月後にはMRI画像上の異常も消失し、認知機能も回復していました」

「レカネマブ(レケンビ®)」投与6ヶ月後の転帰としてまとめると、副作用は第三相臨床試験と比べて実臨床では高率に出現する傾向がありますが、認知機能は維持される。「レカネマブ(レケンビ®)」の6ヶ月後からの継続投与は、8割が適切という結果になっています」

その後の症例についてもまとめています。9月末の集計で6ヶ月点滴を継続している63例について見てみると、以下の通りです。

第三相臨床試験の結果と比較しても、副作用は共に増加しました。しかし実際の症状としてはいずれも重いものではありません。割合こそ増えましたが、内容は臨床試験と同様です。
「インジェクションリアクションは一回目が最多、その後、5回目ぐらいで落ち着きます。脳浮腫の重症度の割合は64%が軽度です。脳浮腫の出現率を年齢と比較すると、やはり高齢の方が多く、背景に血管の脆さや動脈硬化があるのだと考えられます」
一方、薬の効果については、「レカネマブ(レケンビ®)」を投与後の70代から80代の女性4名について、6〜7ヶ月後の経過を追うと、全員アミロイドβタンパクが減少していることがわかりました。

講演②ブレックスピプラゾール(レキサルティ®)開発の経緯と臨床的意義

次に、ブレクスピプラゾール(レキサルティ)について解説しました。ブレクスピプラゾール(レキサルティ)は、認知症の行動心理症状(BPSD)の中でも、興奮や攻撃性に作用する薬剤として注目されています。
「以前は、抗精神病薬を使っていたのですが、アメリカの研究グループからこの薬剤が死亡率を高めるという報告がありました。日本でも調べると、飲み始めて2〜3ヶ月ほどするとたしかに死亡率が高まる。常用している方はよいのですが、飲み始めには注意が必要です」
しかし従来は、家族が一番困っている興奮性のBPSDを抱えた患者さんに、抗精神病薬を使わざるをえない場合が多くあったのも事実です。
「そんな中、「ブレクスピプラゾール(レキサルティ)」が興奮性のBPSDの症状を、プラセボと比較し優位さをもって抑制したことが臨床試験で確認。死亡率などの安全性もクリアし、今まで統合失調症や双極性障害に使われていたこの薬剤にアルツハイマー病に伴うBPSDへの効能・効果が追加されました。治療側にとっては抗精神病薬の適用外使用を免れるという、大きな一歩になったのです」

講演③第2 の根本的治療薬ドナネマブ(ケサンラ®):レケンビ®との相違と臨床的意義

つい先日、11月20日に薬価収載された「ドナネマブ(ケサンラ®)」についても、「レカネマブ(レケンビ®)」と比較し、説明しました。
「ドナネマブ(ケサンラ®)」も「レカネマブ(レケンビ®)」と同様、投与することでアルツハイマー病の進行を遅らせることができます。
アリセプトのような対症療法薬は使用開始してしばらくすると効果が薄くなってきますが、根本治療薬である「ドナネマブ(ケサンラ®)」と「レカネマブ(レケンビ®)」は、効果が継続するという特徴があります。いずれにせよこの2剤の効果は、国際的なデータと国内データがほぼ一致しており、アルツハイマー病における進行を遅らせる効果と、アミロイドβタンパクを減少させる効果が、この2剤についてはほぼ同等であると判定できます」

異なる2剤の使い方

ただ、この2剤は投与の方法が異なるそう。「レカネマブ(レケンビ®)」は体重ごとに用量が変更されますが、「ドナネマブ(ケサンラ®)」は、体重に関係なく投与の回数で用量が変化します。点滴時間も「ドナネマブ(ケサンラ®)」は「レカネマブ(レケンビ®)」の半分で、投与間隔はレカネマブ(レケンビ®)」が月2回、「ドナネマブ(ケサンラ®)」は月1回です。また投与期間については、1年後にアミロイドβタンパクが減少していれば「ドナネマブ(ケサンラ®)」の場合は終了となります。

「価格は「ドナネマブ(ケサンラ®)」の方が少し高いです。また副作用は、インジェクションリアクションは全体の8.3%に留まるものの、ARIA-Eは24%、ARIA-Hは31.4%。でもこの数字は母集団が異なりますので、単純に比較はできません。今後実臨床でどちらの副作用が高いのか調べていくことになります」

副作用はあるものの、臨床的に有効性を持ってアルツハイマー病の進行を遅らせることができ、患者さんとご家族に利益をもたらすはずだと語りました。

新薬が生む、新たな価値

今回の説明会では、アルツハイマー病の新薬3剤について取り上げました。
「特に根本治療薬の新薬2剤においては、発症そのものを遅らせる効果(二次予防)があることがわかりました。今の段階で発症そのものを予防する一次予防至らずとも、今後さらに改善された薬剤の開発が続くものと思われます」
以下の図は、5歳おきにアルツハイマー病患者の割合を示したものです。5歳年齢が上がるごとに、患者数がほぼ2倍に増えていることが読み取れます。

「現在の日本では、65歳から80歳の方はまだ元気で社会貢献されています。この状況に、「レカネマブ(レケンビ®)」などの新薬が浸透すれば、アルツハイマー病の発症を5年遅らせることができると考えられます。5年発症が遅れれば、患者は半分になる。それはわが国にとっても大きな力になるはず。二次予防としてアルツハイマー病の発症を遅らせることが、いかに重要かご理解いただけると思います。我々はこのような未来を目指し、早期予見早期予防に力を入れていくのが重要だと考えています」

ます。ここに3つ目の健康成分としてトリゴネリンが加わったことで、コーヒーのニーズはより多様化していくのではないでしょうか。

新井 平伊(あらい へいい)先生 プロフィール

アルツクリニック東京院長、順天堂大学名誉教授、公益財団法人 認知症予防財団会長、一般社団法人 生涯健康社会推進機構理事

1984年順天堂大学大学院修了。東京都精神医学総合研究所主任研究員、順天堂大学大学院精神・行動科学教授を経て、1999年、日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2018年、東京丸の内に「アルツクリニック東京」をオープンし、院長に就任(現職)。世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。アルツハイマー病の基礎と臨床を中心とした老年精神医学が専門。
「アルツハイマー病研究者世界トップ100」の38位に選出された世界的権威でもある。 2021年、早期の認知症予防および認知症発症リスク低減のための治療的介入を行う拠点として、東京・四ツ谷に「健脳カフェ」を開設。


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