【注目書籍】脳のつくりや働きを理解しながら、研究の現状を知って、未来の可能性を探る

脳科学のヘルスケアとテクノロジーが融合した「ブレインテック」の研究が進み、その市場拡大には目を見張るものがあります。たとえば、おでこにシートを貼り付けるだけで脳波や血流を測るものが安価で売られるようになったため、認知症のリスク予想や、うつ病の予兆を知ることができるようになるのももうすぐだとか。

『面白くて眠れなくなる脳科学』(毛利拡著/PHP研究所)は、そんな「ブレインテック」を理解し、利用するためにも、一度は目を通しておきたい一冊です。

本書では、まず、脳の仕組みや働きが丁寧に解説され、過去から現在までの脳研究の進歩が紹介されています。「なぜアルツハイマーになるのか」「どうすれば予防できるのか」といった身近なことから、「頭が良い脳とは?」など、脳の神秘に触れながら、ますます進む脳科学の未来にワクワクする一冊です。

脳の研究は、多くの脳障害の症例によって発展

高校時代から脳の研究者になることを目指したという筆者。現在も脳をこよなく愛する有志とともに、脳に関する本を輪読する会を結成し、その代表を務めています。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を目指しているそうです。

脳の研究は、大昔よりタブーとされてきました。医学の父・ヒポクラテスなどは、脳が外界を知覚したり、思考するのに重要な器官であるとすでに考えていたといわれますが、宗教上の理由などから、その後も研究されることがなかったようです。

ところが、1800年代の後半、ある事故が起こったため、脳科学研究の幕が開かれました。

爆発事故で脳の前頭前野を破壊されてしまった男性が、それまで真面目で部下からの信頼が厚かったにも関わらず、事故後は、下品で計画性のない人間に変わってしまったというのです。そのような事例がいくつか起こり、ようやく脳の重要性が認識されることになりました。

このように脳の研究は、多くの脳障害の症例によって発展してきました。事故で失ってしまった右手が痛むとか、切断した足(があったあたり)が痒くて仕方がない……といった話も多数あります。その解決法の一つは、脳をだますこと。

体の中央に鏡を置いた箱を用意し、その中に残った手を差し入れます。そしてその手の方から覗き込むと、あたかも両手が箱の中にあるように錯覚します。そこで、残っている方の手をさすってあげると、(ない方の)手の痛みが薄れていき、やがてこの痛み(幻肢痛)は消え去るのだそうです。

また、脳科学の進歩によって、私たちの性格や個性は、たくさんの脳内物質(ホルモン)のバランスによって決まると考えられるようになりました。生物の性差も、男性ホルモンが多く作用するとオス型、少なく作用するとメス型になりますが、その濃度も人それぞれ。性ホルモンの濃度によって、オス寄り・メス寄りのグラデーションができるのです。

脳科学の発展によって、「みんな違ってみんないい」という考え方が、もっと進んでいくのではないかと、期待されます。

脳は省エネ。神経回路がシンプルな人ほど頭がいい

脳は、たくさんのエネルギーを消費するため、省エネを一番に作用しているのだとか。そのため「記憶違い」や「時間のルーズさ」「自分だけは大丈夫」といった認知のゆがみ(認知バイアス)が起こるそうです。しかし、それらの度合いは、人によって違うように思えます。

人との違いをはかるといえば、脳科学的に「IQが高い人」と「IQが低い人」も気になるところ。その研究も紹介されています。

結論から言うと、IQが高い人ほど、大脳皮質の体積が大きく、神経回路がシンプルだったそうです。それに対して、IQが低い人の神経回路は複雑。つまり、IQが高い人=頭が良い人は、省エネで効率的に脳を働かせているといえそうです。

短期間のストレスでセロトニンの分泌を促す

脳の不調の一つに抗うつ状態があります。長期間、過度なストレスが続くと抑うつ状態のリスクが高まりますが、それにはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなど、たくさんの脳内物質が関与することで知られています。

抑うつ状態になるとネガティブな気持ちになり、自殺願望が起こることもあります。病院へ行けば抗うつ薬や抗不安薬などが処方されますが、症状や原因が人それぞれで、現在もうつ病の根本的治療法が世界中で研究されているそうです。

本来、人はバネのように戻る力を持っているもの。ストレスも短期間なら、ノルアドレナリンの放出が高まり、覚醒状態を高め、脳が活性化状態になるという、脳にとって良い作用が起こります。

著者は、嫌なことがあった時、知らない道を歩いてわざと道に迷ってみるそうです。あえて別のストレスで脳を活性化させ、知っている道に出た時の安堵感や達成感を味わうためだとか。

しかも歩いたり、走ったり、咀嚼するといったリズミカルな運動をすることで、セロトニン(精神を安定させる働きの神経伝達物質=幸せホルモン)の分泌が促されるのだそうですから、気持ちが落ち込んだ時、試してみるといいかもしれません。

睡眠でアルツハイマーを予防し、脳を健康に

本書は『面白くて眠れなくなる』シリーズの一冊ですが、睡眠は脳にとって非常に大切なもの。脳は眠っている間も働き続けて、日中経験したことや学習の内容を記憶し、整理し、定着させていくのです。

近年、睡眠にはもう一つ、大きな意義があることがわかってきたそうです。それは、脳の中の老廃物を排出するという働きです。

脳は脳脊髄液という体液に浸っていますが、眠っている間に脳血流量が低下すると、かわりに脳に脳脊髄液が流れ込むことで、眠っている間に老廃物(アルツハイマー病と関係するアミロイドβなど)を脳外へ流すのだとか。

しかし、歳をとるにつれ脳脊髄液が脳内に侵入する働きが弱くなり、老廃物が脳に蓄積されていきます。睡眠が少ないと、蓄積された老廃物を排出するタイミングが減ってしまい、アルツハイマー病へのリスクが高まることになります。

特に、深い睡眠であるノンレム睡眠(中でも最も深い徐波睡眠)中に老廃物が流れやすくなると考えられるので、脳を健康を保つためにも、しっかり睡眠をとりたいものです。

【書籍情報】
『面白くて眠れなくなる脳科学』(毛内拡著/PHP)


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