【注目書籍】人間だけが老化する意味は? 生物学者による明るい提言の書

日本の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は29.0%で世界第1位(総務省「人口推計」令和4年)。第2位のドイツ22.0%、第3位のフランス21.0%に比べてもかなり高いことがわかります(令和5年版高齢社会白書)。

しかし、長寿は喜ばしいことでも、「老い」はうれしくないという人は多いでしょう。老後資金2000万円問題から、がんや認知症などのリスク、社会保障費をかさませる元凶で若い世代への負担に……など、老いにまつわる暗い話題ばかりが聞かれ、現高齢者ばかりかその家族、未来の高齢者たる私たちはみんな息苦しさを抱えています。そんな超高齢化社会ニッポンに一石を投じようとするのが、本書『なぜヒトだけが老いるのか』(小林武彦著/講談社現代新書)。生物学者の視点から老いや死のメカニズムを解説するとともに、超高齢化社会を前向きに生きる術を提言します。

ヒット作連発の生物学者、「老い」を語る

著者の小林武彦(こばやし・たけひこ)氏は九州大学大学院修了後、米国ロシュ分子生物研究所、国立遺伝学研究所などを経て、現在は東京大学定量生命科学研究所の教授を務めています。また、日本遺伝学会会長、生物科学学会連合の代表を歴任し、日本学術会議会員でもあります。こうした経歴を見ると、本書ではどんな難解な論が展開されるのかと心配になりますが、そこは安心して大丈夫。累計20万部のベストセラー『生物はなぜ死ぬのか』(講談社現代新書)の著者でもある小林氏は、自身の生い立ちや体験を交えながら、誰にでも伝わる平易な言葉で老いや死について解き明かします。

ちなみに小林氏は1963年生まれ。2023年で60歳です。国公立大学の多くは65歳定年ということで、小林氏もリタイア間近な年齢ですし、高齢者と呼ばれる日は遠くありません。そんな現実があるためか、本書には「研究者の世界と年齢」をめぐる話題も満載。若々しく、ユーモラスな小林氏の文章を読んでいると、自然に「社会からリタイアする時期を、年齢を理由に決めてよいものか」と思わされます。

「生きたから、死ぬ」は揺るぎない事実

本書の前半、第1章から第3章までは、生物学的に見た老いや死がテーマ。生や進化についてていねいに説明し、それらを死と対比させることで、「生き物だから(生きたから)、死ぬ」という揺るぎない事実を納得させます。生命の進化を焼きそばにたとえて説明したり、ミトコンドリア、リボソーム、DNAといった生物学の基礎知識をわかりやすく解説する手法は見事。老化への嫌悪感や悲嘆といった感情を忘れ、「死は進化のために必然だった」ことがすんなり理解できます。

「動物の中で老いるのはヒトだけ」。この斬新な視点も、サケやハエ、ネズミ、ゾウなどさまざまな動物と比較することでよくわかります。さらに、本書前半で解説してきた細胞についての説明を踏まえながら、「老化とは、細胞や個体がほどよい期間で壊れる(=死ぬ)までの過程」と明快に語るのです。この結論に至るまでの過程について詳しく知りたい方は、ぜひ本書をご一読ください。

これからの社会で輝くシニアの価値にも注目

第4章から終章の第7章では、生物学者である小林氏の目から見た社会論が語られます。といっても、こちらもまったく難解ではなく、むしろ今後の超高齢化社会を迎える私たちや現高齢者へのエールのような内容です。

まず語られるのは「シニアの価値」。それを進化の面から説明する「おばあちゃん仮説」という有名な説があるそうです。裸のサルであるヒトは80歳以上まで生きるのに対し、ヒトと遺伝情報が98.5%同一のチンパンジーの最大寿命は50歳前後。その理由として、「ヒトは赤ちゃんの成長に時間がかかるため、子育てにおばあちゃんの手が必要になった。そのため、おばあちゃんのいる集団が生存に有利となり、ヒトは長寿命の動物になった」と考えられるとのこと。

しかしこの説では、ヒトの女性が長生きする必要性しか説明できません。「おじいちゃんは?」という問いに対して、小林氏は「社会生活をするヒトにおいて、高齢者は技術や情報を次世代に伝える教育係であり、トラブルが発生した時の調整役として機能したのだろう」という説を述べています。オスメスの別がない点は生物学的ではありませんが、ダイバーシティをうたう現代社会ではある程度納得のできる意見です。

本書の中盤から、小林氏は「シニア」という用語を使い始めます。シニアの定義は、「知識や技術、経験が豊富で私欲が少なく、次世代を育て集団をまとめる調整役になれる人」、つまり「徳のある人」のことで、年齢とは関係ありません。そのうえで、「シニアたる人には高齢者が多いだろう」というのが、小林氏の論。続いて、実社会におけるさまざまな問題を取り上げながら、シニアが社会で活躍することの可能性や必要性を説くのです。個人的な見解が多く含まれていますが、高齢者、あるいは高齢者予備軍を勇気づけるには十分。

本書のメッセージは、高齢者に対し「社会に必要とされている人なのだ」と気づかせ、励ますこと。しかも、70〜80代の「人生でいちばんきつい時期」を乗り越えたシニアには、人生のご褒美ともいえる「老年的超越」というハッピーな心理状態が待ち受けていることを伝え、アクティブに生きるモチベーションも与えています。

さらに社会に対しては「高齢者をうまく社会の枠組みに取り入れ、明るい未来を築こう」と提言。ご自身をユーモアを込めて「シニアになりきれていない、発展途上のなんちゃってシニア」と呼ぶ小林氏による、高齢化社会日本へのメッセージ、あなたはどう受け止めるでしょうか。

【書籍情報】
『なぜヒトだけが老いるのか』(小林武彦著/講談社現代新書)


ウェルネス総研レポートonline編集部

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