「NNB10キートレンド」はこうやって読み解く!
日本人が知っておきたい食品健康ビジネス最先端【前編】
健康食品に寄せる消費者の心理やニーズは様々な社会情勢の影響を受ける一方で、そのトレンド変化は緩やかではあるものの確固たる理由が存在します。世界中で堆積されてきた失敗事例や科学的根拠を基に進化してきたトレンド、その背景にある社会情勢を把握するのはとても骨の折れる作業です。
これらを制する羅針盤となるようなトレンドレポート「NNB10キートレンド2023」(発刊 NNB、New Nutrition Business)を日本向けに紹介している株式会社グローバルニュートリショングループ 代表取締役 武田 猛氏に、これをどのように読み解き、自社のマーケティング戦略に活かしていけばよいか国内外での相違も含めてうかがいました。前編では、NNBの特徴や活用方法、また5つのメガトレンドについて解説いただきました。
「NNB10キートレンド2023」から読み解く、食品産業市場の最新動向
はじめに、NNB(ニュー・ニュートリション・ビジネス)で発刊している業界専門レポート「10キートレンド」とは分かり易く言うと、どのようなものですか?
「10キートレンド」とは2006年から毎年発刊されている、食品健康ビジネスに関するグローバルトレンドを見極めるための業界専門レポートです。精錬化され続けたことでボリュームが増えて、2023年版の「NNB10キートレンド2023」ではA4で160ページほど、日本語翻訳版は224ページに及びました。
このレポートは10のキートレンドと5つのメガトレンドから構成され、メガトレンドが加わったのは2010年位からです。メガトレンドはキートレンドではおさまらない、全てのトレンドに影響を与えるもので頻繁に変わることはありません。2022年版との変更は1カ所だけでした。
そして、キートレンドはあくまでも中長期的な事業戦略を考えるためのもので、いわゆる「ブーム」とは異なります。これらの本質を理解した上で戦略を練れば、社会情勢に踊らされたり余計なリスクに陥ったりせずに、ビジネスを成功へと導くことができるでしょう。
5つのメガトレンドについて教えてください。また、2022年版と2023年版ではどう変わりましたか?
まず、「Fragmentation of health beliefs(健康に関する信念の細分化)」(以降、細分化)で、去年までメガトレンドの2番目だったのが今年は1番目となりました。逆に2番目の「Naturally Functional(天然の機能性)」(以降、天然の機能性)が去年まで1番目で今なお、“ナチュラル”は専門家が避けて通れないトレンドです。
2022年の秋、米国のラスベガスで開催された世界最大の健康栄養素材や原料の展示会「サプライサイド・ウエスト(SupplySide West)」に行った知人の話では、そこで披露されていたもののほとんどがナチュラルな機能性原料だったと言います。これよりも上位に細分化が移行したということは、ますますその影響が強く出てきているということでしょう。
3番目と4番目は昨年と変わらず、「Weight Wellness(ウエイトウェルネス)」(以降、ウエイトウェルネス)に続き「Snackification at the heart of strategy(スナック化は戦略の基軸)」(以降、スナック化)です。そして5番目は「Sustainability(サステナビリティ)」(以降、サステナビリティ)。これら5つのメガトレンドは、どのキートレンドやカテゴリーにおいても組み込まないと成功は望めません。
続いて、10のキートレンドとは具体的にどのようなものですか?
ここでは順番に、その項目だけ簡単に紹介しましょう。1つ目は「炭水化物」で、わが国でも最近ようやくグレインや全粒粉などの単語を見かける機会が増えてきました。2つ目は「腸のウェルネス」で原文では「ダイジェスティブ ウェルネス(Ⅾigestive Wellness)」と書かれ、消化器官で主に腸の健康を意味しています。3つ目は「植物を便利に」という、いわゆるプラントベース代替品とはまた少し違ったトレンドです。
4つ目の「動物性プロテイン」ではトレンド変遷の背景にある社会情勢や、現代における消費者の真のニーズを知ることができるでしょう。5つ目の「甘味料」では、全世界でなぜ高糖質製品の売上が減少しないのかをひも解きます。6つ目は「植物性プロテインのパラドックス」で、第2世代と呼ばれる課題をクリアした新ビジネスについても押さえておきましょう。7つ目は「脂肪」で、これから日本で巻き起こるであろう“種子油フリー”にも触れます。
8つ目の「ムーブ&マインド」では成功している企業がほとんどない中、他のトレンド要素を組み入れた成功事例は必見です。9つ目の「リアルフード&超加工食品」は今年から加わった新たなビジネスチャンスで、UPF(Ultra-Processed Foods)の概念と既に浮上している課題についても紹介します。10個目の「本物らしさ&来歴」はいわゆる職人技やバックストーリーで、私は個人的にこれが最も強力なトレンドだと思っています。
10のキートレンドでは、2022年版と2023年版でどう変わりましたか?
昨年2022年と2023年で比べると変わったのは1カ所のみで、栄養素密度のNutrient Densityが消えている点です。ただし、これは消えた訳ではありません。当たり前のこととして他のトレンドの中に組み込まれました。したがって、栄養素密度や栄養素プロファイルは引き続き、食品の質の評価をしていく上で非常に重要な要素です。
業界人による業界人のための羅針盤「10キートレンド」が選ばれる理由
他社からもいくつかトレンドに関する分析が発表されていますが、「10キートレンド」が他と違うのはどのような部分ですか?
NNBの「10キートレンド」は、長期的に最も重要なトレンドで定着しそうなものだけに焦点を合わせて選んでいます。つまり、年毎に新しいトレンドを挙げるのではないというのが他社との大きな違いです。なぜなら、トレンドは1年や2年で劇的に変化するものではありません。特に戦略や製品開発を行う場合の一助となることを目指し、次の7つの方向性で情報を提供しています。
また、1つのキートレンドをとっても、これまでの軌跡からその展望や複数の道筋までを見据えた非常に内容の濃い情報です。さらに、企業にとって最も避けたいリスクの高低についても示し、ケーススタディを交えながら解析しているこのようなレポートは他に類を見ません。
【情報提供を行う7つの方向性】 1. 栄養および健康分野に関する最も重要な10のトレンドと、各トレンドにおける消費者、市場、科学的な推進要因を明確にする 2. 各トレンドの方向性を詳細に説明 3. 各トレンドにおいて、どのような戦略をとることができるかを明確にする 4. リスクの高いもの、低いものを明確にする 5. 企業が既に確立した道筋と、新たに出現した機会を示す 6. 各戦略がどのように発展しているか、またその戦略を用いている企業・ブランドの例を提示 7. 失敗に終わった戦略を指摘し、良くある間違いを繰り返さないようにする。 |
日本の食品産業に関わる企業にとって「10キートレンド」が役立つのは、どのような点ですか?
日本の企業は、他社の失敗事例について深く研究をしないという印象がありますが、失敗こそヒントの宝庫です。欧米では、失敗した原因を徹底的に研究するのは当たり前で、同じ事を繰り返さないために失敗の原因を明らかにすることが成功に近づくと周知されています。これにより、健康ビジネスにおける失敗戦略がひとつのレポートになるぐらいのエネルギーが蓄積されていくのです。実は、私たちも依頼を受けて日本のケーススタディを作り、失敗事例について提供しています。
武田さんは何故、このレポートをおすすめするのですか?
それはこのレポートが机上で書かれた文章ではなく、業界人が業界人のために作っているレポートだからです。実践的な視点で、業界経験と科学的知見の両方をもつ専門家が書いた成長トレンドレポートは他に類を見ません。このレポートについて毎年、社内で勉強会を開催されている企業いわく、「10キートレンドは道しるべ。羅針盤」。つまり、どこに向かっていくかという大きな方向性を知らしめ、「いま何ができるか?」「明日のために何を企画すべきか?」を導いてくれるのです。
私が投資家の方々に対して講演するときによく言われるのは、「健康産業は話題にはなるものの、利益がほとんど出ないために投資する価値がない」ということです。ビジネスとしての成功は利益を生み出すというのが鉄則です。
「このトレンドは継続するか?」「このトレンドはビジネスとして利益を生み出す好機なのか?」という問いに答えるためにも、消費者調査に加えて業界の中の熱意や競争環境、技術の進歩などをキャッチアップしながらトレンドを捉えることを重要視しています。
10のキートレンドはどのようにして選ばれているのですか?
具体的には7つの基準を使ってスコア化し、選ばれています。NNBは2006年からこのスコアシステムを導入しました。トレンド毎の「消費者ニーズ」「販売トレンド」「栄養科学」「原料と技術」「規制」「マーケティング戦略」「競合環境(市場勢力図)」についてスコア化し、上位から順に10を選んでいます。
ここ10年間のトレンドにおける推移から、成功の鍵はどのように読み解くことができるでしょうか?
変わりやすいものも一部ありますが、定位置でずっと重要なトレンドになり続けているものがほとんどです。例えば、2021年にランクインしていた「免疫」は今、トップ10には入っていません。一方で2003年頃からあった「細分化」は2023年版では「天然の機能性」にかわってメガトレンド1位です。さらに、2022年版にあった「栄養素密度」は2023年版ではそれ自体をトレンドとせず、栄養に寄与する他のキートレンドの中に含まれるような形になりました。
新しく出現したもので言うと、「リアルフード&超加工食品(UPF※)」は特にこの2~3年でメディアも積極的に取り上げています。同じく目新しいトレンドの“種子油フリー”は今後、脅威にもチャンスにもなり得るでしょう。定着している「ムード&マインド」は今後さらに重要性も増えてくる可能性が高い反面、成功事例が少ないというのも現状です。
ここ5~6年で特徴的なのは、1つのトレンドだけを取り入れるだけでは不十分だということでしょう。これは「細分化」の影響で、1つの商品で対応すると非常に小さなニッチになってしまうからです。なるべく複数のトレンドにアクセスし、複数の消費者層にアピールすることが重要です。つまり、成功の鍵は複数あるトレンドの中のどのトレンド、どの戦略を選ぶかということにかかってきます。
成功とは逆に、失敗の事例も参考になりますか?
失敗事例も非常に大切なので参考にしてください。例として挙げている10の要因で見ると、食品なのに美味しさや食感が提供できていないというのは致命的です。代表的なのはプラントベースの肉代替品。消費者が見て、各原料をどのような目的で成型しているのかということまで理解できないと受け入れられません。
また、ヘルスベネフィット(健康上の利益)に依存しすぎるような設計もかえって失敗しやすく、乳酸菌配合のシリアルなどで見るように一時的な話題を呼んでも継続しなければ成功とは言えないでしょう。
どの位の規模に成長できれば、成功と呼べるでしょうか?
食品健康産業というのは非常にニッチな世界で、消費者のターゲットを間違えるとほとんど反応がありません。市場で多数を占めるマスマーケットコンシューマーではなく、25%ほどのライフスタイルコンシューマーと呼ばれる健康意識の高いアーリーアダプターの人たちに向けて配信していくことが重要です。
加えてトレンドとの関連づくりも必要で、例えば経営層や株主にとって市場が細分化されることでの売り上げ向上が見えるかどうかを示さねばなりません。現代において、「新商品なら300億円達成で成功」というような構想は無に等しく、数字を追い求めるが故にあえなく撤退ということでは勿体ないかぎりです。
そして、消費者にとって明確な利益や体感が重要なことを忘れてはいけません。いくら技術が凄いものでも、消費者にとってあまり意味はないのです。こうしたプロダクトアウト型に意味がないのと同様に、ヘルスクレーム(機能性の表示)もこれを付したからといって売れる訳ではありません。これら以上に大切なのがバックストーリーで、いかに「Me-too商品」として捉えられるかを見据えたストーリーの構築が失敗回避につながります。
避けて通ることのできない課題があれば教えてください。
2008年のいわゆるリーマンショック(世界金融危機)以降、特に新型コロナウイルス感染症が始まってからは過去10年間を上回るほどの勢いで通貨量が増えています。そのお金の行き先は株式で、食品や飲料などのスタートアップ企業からプラントベースあるいは代替プロテインなどを持つ企業に投資家らが投資しているのです。
この10年間で代表的なのはビヨンドミートやオーツミルクで、フードサプライの変革や崩壊したフードシステムの再生といったメッセージを提唱するだけで資金を集めることができました。ただし、業界ならではの経験やノウハウを持つ企業しか残りません。注目すべきは現場でマクロ経済を理解している人が少ないという点で、これを見ずに戦略を立てても利益を出すことは困難です。