【寄稿】川崎医科大学 太田博明/女性の健康リスクに対峙するフェムテック・フェムケアへの期待と課題

はじめに

太田 博明(おおた・ひろあき)医師、医学博士

WHOでは先進諸国の高齢化の進展により、加齢による健康リスクとなる疾患を「非感染性疾患(Non-Communicable Diseases: NCD)」(1)とし、女性ではエストロゲンの低下を起因とする認知症や骨粗鬆症などを対象疾患としている。しかし、Genitourinary syndrome of menopause (GSM)も加齢と共に進行し、慢性化することから女性の健康リスクを脅かすNCDとしての基準を充たしている。

われわれが実施した、未閉経者約20%を含む40-90歳の全国規模1万人のWeb調査(2)では、GSM有症状率は約45%に及んだ。40代からの発症を認め、必ずしも高齢者だけの症状でないことが判明している。直近のわが国の女性人口は6,460万人で、そのうち40歳以上は約4,145万人、その約45%が有症状者とするとわが国のGSM有症状者数は1,865万人を超え、女性の骨粗鬆症罹患者980万人や女性の認知症罹患者400万人を凌駕する膨大な数が試算される。すなわちGSMは、NCDの中でもエストロゲンが低下し始める人生半ばの40歳以降から終焉までの長期に亘り、生活機能をはじめ健康とQOL、さらには性機能と広範に影響を及ぼす疾患に位置付けられる。

以上からGSMは女性のNCDの最たるcommon diseaseであり、先制医療を必要とする。すなわち診断基準や臨床所見が確定する前からの対応が必須となる(3)。そのため、まずはGSM領域を清潔に保ち、尿や体液による皮膚・粘膜への侵害刺激を避けるself-careの指導が必要である。これが予防の第一歩となり、先制医療にも該当するが、本来は医療を補完するFemcare(フェムケア)やFemtech(フェムテック)の領域である。

GSMはわが国に古くからあるVaginal Tabooのため、言いだしづらい、受診しづらいとためらっているうちに進行し、健康リスクが阻害される。しかもこの疾患に精通している専門医が少ないために、やっと受診しても過小診断と過小治療により有効な治療に結びついていない。これがGSM診療の後進国であるわが国はもとより、GSM診療の先進諸国における現状である。GSM診療に主として関わる産婦人科医・泌尿器科医の使命として、適切な予防や治療を通じた罹患の回避と病態の改善によって、快適に過ごすことが可能であることを女性に啓発することが、医療側からの第一歩である。さらにGSM治療も一律な医療を行うことなく、病態に適合した積極的かつ専門的な介入を行うのが次なる使命となる。

1.GSM診療の現状

GSMは局所的な外陰・膣萎縮症(Vulvo-vaginal atrophy:VVA)にとどまらず、性器全体と下部尿路にも亘る広範な領域に及ぶ機能関連症状を呈することから採択された用語である。各症状は単独よりも合併することが多く(2)、また性器と尿路症状の合併が、さらに性的な機能関連症状にも波及する広範な症状症候群のため、単独疾患としての疾患概念ではない。そのため、これに対応し得る包括的な治療が求められている。今まで使用されてきたVVA(外陰・膣萎縮症)という用語では問題が矮小化されており、頻尿・尿失禁の畜尿症状である下部尿路系(Lower urinary tract symptoms:LUTS)にも関わる問題であることを包括的に捉える必要があることを医学的に明確にし、一般にも受け入れられるようにすべきである。このような見解から、国際女性性機能学会(ISSWSH)と北米閉経学会(NAMS)は用語コンセンサス会議を通して2014年に《GSM》を新たに承認し(4)、(5)、同時に関連学会からもPortmanの名前のもと4つのOfficial JournalにGSMを承認する旨、通告した。

一方、わが国は産婦人科用語集へのGSMの採択が遅れたが、2019年4月に日本女性医学学会でようやく採択された。しかし、その日本語訳の「閉経関連泌尿生殖器症候群」が必ずしも的確でないと関連学会から議論を呼んでおり、日本語訳に対する意見を求められたので、提出したが未だその回答はない。

加えて、GSMは周閉経期から閉経後女性における各症状に基づく症候群であり、VVAの病態も進行して慢性化するので、病期・病態に即して診断し、治療することが求められる(図1)(6)。
しかし現状は未だ明確な診断基準がなく、包括的概念と言いながら、性器の機能関連症状に加えて、LUTSおよび性交関連症状のどこまでをGSMとするかの定義もなされてない。GSMは外陰と腟の諸症状に限定されない、もっと包括的な用語である。すなわち、頻尿と尿意切迫感に加えて反復性尿路感染症をも含む各種LUTSを包含する(7)。さらに対象となる女性には性生活における潤滑、覚醒、欲求の低下、不快感や疼痛、出血、機能障害等の性機能に多大な影響があることが報告(5)、(8)されている。尿意切迫感と尿失禁は多くの場合、恥ずかしいと認識され、Vaginal TabooならぬUrinary Tabooとなっており、性的抵抗感をさらに助長する(9)ことから、性生活に支障をきたす。以上からGabesら(10)はGSMが2つの主要要因である性器症状と尿路症状が性機能障害をもたらすことを提示している(図2)

その結果、GSMの現状は世界中の中高年女性の50%以上が閉経関連の性器・尿路症状を呈する(11)。しかし、わが国では“Vaginal Taboo“が故に性器・尿路症状はしばしば過少報告されているが、これは世界的な現象でもある。これらの症状を放置すると進行化・慢性化することに気づいていない(12)ことから、QOLと性の健康が阻害される。高罹患率である女性の性機能障害とLUTSは外陰・腟症状とも相関し、QOLと性の健康に少なからず影響することが以前より報告(11)、(13)されていたが、放置されたまま今日に至っている。

Cagnacci A et al.: Minerva Ginecologica 2019

図1 イタリア更年期学会によるLife Stage別腟・外陰萎縮の対応法

Gabes M et al.: Menopause 2019

図2 GSMの構成要因

2.GSMに対するFemtech・Femcareの関わり

女性の疾病や健康に対するサポートのあり方が大きく変わりつつある中で、female(女性)とtechnology(テクノロジー)を掛け合わせた造語であるFemtechとは、女性の健康課題を新たなテクノロジーを駆使して解決を目指すプロダクトや産業全体の取り組みまでを含む。女性特有の症状や病気などがその対象テーマとされ、デジタルなテクノロジーに該当しないものはFemcareと呼ばれる。健康課題といってもその内容は「月経、妊娠、出産、更年期、セクシャルウェルネス」に関するものなど多岐にわたる(図3)(14)。各課題の中で、氷山の一角とされ、特にタブー視されていた「セクシャルウェルネス」が対象となっていることが特筆される。

日本医療政策機構「働く女性の健康増進に対する調査2018年」

図3 女性のライフステージと健康課題分野(フェムテック適用分野)

女性は思春期以降、月経の発來に伴う月経障害や月経前症候群にまず遭遇し、その後の性交渉に伴う子宮頚癌の原因となるHPVウイルスの感染で子宮頚部の前癌や癌を発症し、閉経の少し前から更年期障害・GSMの罹患がはじまる。このように女性ホルモンや女性生殖器に関連する症状や疾病を発症し、高齢になるとGSMの重症化とともに骨粗鬆症と認知症に罹患する(図4)。このような観点からみるとGSMは発症から慢性化し、放置すると進展してQOLや健康を阻害するという、生涯に亘る他の疾患にはない最も長期的な経過を辿る。すなわち、従来にはない長期的戦略による新たな医療体制が必要であるが、これに即応する医療体制はまだ整備されていない。こうした中、Femtechは医療を補完する新たなアプローチであり、女性自身に纏わるTaboo(固定観念や価値観)を打破する新たなムーブメントとして一般人のみならず医療界においても注目されている。

Femtechという言葉が生まれたのは2012年、自身の経験から月経管理アプリを開発したドイツの女性経営者であるIda Tinが、Femtechという造語を用いて、その市場における存在意義を高めたといわれている。それ以降、Femtech市場は欧米を中心に拡大を続けており、2020年時点で世界に484社存在する。しかしながらわが国の市場に参入しているのは10%程度だといわれている。

女性は思春期以降、女性ホルモンや女性生殖器に関連する症状や疾病に悩まされ、
高齢になると骨粗鬆症と認知症に悩まされる。
しかし、GSM:性器・下部尿路機能関連症状については十分に把握されていない。

厚生労働省 平成25年平成25年国民生活基礎調査 改変、太田博明作成

図4 女性特有の疾患の年齢別患者数

わが国でも2025年までに2兆円規模の市場になると予測されているが、なぜ今、Femtechのニーズが高まっているのか。その背景には、女性を取り巻く社会環境と生物学的な機能にギャップが生じていることによる。女性の社会進出が進み、少子化が喫緊の社会的課題と言われて久しいが、月経や更年期をはじめとする生物学的女性としての生理機能への対応はほとんど変わっていない。これまで以上に健康課題は増える一方で、それを解決できる環境が整っておらず、課題が山積している状態である。Femtechは、そんな現代女性の健康とQOLを向上させるために誕生した市場である。これまで長い間タブー視されてきた領域が現在クローズアップされているが、それらは氷山の一角にしかすぎない。これらのニーズはもっと多岐に亘るはずであり、隠れている健康課題を取り上げ、タブーとされていた課題を可視化することが、新たなムーブメントが担っているミッションである。

3.Femtech・Femcareへの期待と課題

医療界で取り上げにくかったテーマである「セクシャルウェルネス」や「センシュアル・ライフ」を、Femtech・Femcareの産業界が対象テーマに掲げていることは新たな時代の到来であった。これらの実現に女性をサポートするデリケートゾーンケアアイテム、サニタリーアイテムのみならず、腟トレグッズ、プレジャーテック等センシュアリティ―ケアをサポートするアイテムが含まれていることは、医療界からは考えづらい展開である。これまで医療・診療の枠組みだけではなかなかアプローチできていなかった課題が,Femtechの新しいアイデアやテクノロジーであれば解決し得る可能性がある。症状に対する診断や処置は医療機関の専門分野だが,日本の現在の枠組みでは「受診するほどではないが、不安や疑問に思っていること」を専門家に相談できるシステムが十分に整備されていない。さらに医療機関受診の前後をサポートし得る点も,Femtech・Femcareが担える部分だと考えている。

一方、わが国において医療機器は”薬機法(15)”と呼ばれる法律によって規制されている。そのためFemtech製品に関してもその目的性から薬機法の規制を受けることになる。しかし、薬事規制を避けるためにそれを標榜せず、雑貨として売られているものも多いという。「雑品」扱いのままでは、商品の効能表記が著しく制限され、また別の意味でも大きな問題がある。すなわち、薬機法の対象外のために性能や品質が保証されず、粗悪品が出回るリスクがある。その結果、消費者の健康被害につながりかねない。

Femtech推進のためFemtech製品についての規制上の位置づけや必要な要件の詳細を、産官によるワーキンググループで現在議論しているという。Femtech製品の安全性・有効性の評価に”学術部門”の参加がないが、学術が加わって議論するところまではまだ期が熟していないのであろう。Femtechによる医療の補完が進み、これまで実現できなかったサービスやプロダクトが生まれることが期待される。女性の疾病や健康に対するサポートのあり方が大きく変わりつつある中で、フェムテック市場の成長・発展に注視しつつ、女性医療の立場から女性のWell-beingに貢献できるような提言ができれば、幸甚である。医療界のサポートが必須であるが、競合する問題ではない。しかし、新たなミッションを確立するには課題があることも事実である。

おわりに

2014年はVVAに代わるGSMの採択とともにFDAは婦人科および泌尿生殖器手術を含む医学専門領域における「身体の軟組織の切開、切除、蒸散、凝固」のための炭酸ガスレーザーシステムの使用を米国で承認した(16)。さらに当時このレーザー機器の日本の代理店が2017年にWebによる日本人女性10,000人の全国調査を行い、そのデータの解析結果を含めて筆者は「加齢に伴う腟・外陰部および下部尿路系における退行性変化によるQOLの低下」の演題名にて2017年日本抗加齢医学会のセミナーで講演した。2018年には東京都内の百貨店でFemtechフェアが初めて開催され、出演者に応援メッセージを送ると共にフェムテック製品を扱う会社がわが国に初めて誕生した。こうした中、筆者は健康長寿社会の実現に向け、新しいアイデアとその発表を通じて日本の女性の元気に少しでも貢献する端緒としたいと、泌尿器科医とともに女性医療とFemtech・Femcareの共存を兼ねて2019年GSM研究会を代表世話人として立ち上げている。このように医療界と産業界は時を同じくして、固定観念である”Vaginal Taboo”を打破しようという新たなムーブメントを発信して今日に至っている。

《参考文献》
(1) World Health Organization: Global status report on noncommunicable disease 2014.
https://apps.who.int/iris/handle/10665/148114
(2) Ohta H , Hatta M , Ota K, Yoshikata R & Salvatore S, : Climacteric, 23(6), 603-607(2020)
(3) 独立行政法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター:戦略イニシアティブ 超高齢社会における先制医療の推進 
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2010/SP/CRDS-FY2010-SP-09.pdf
(4) Portman DJ, Gass MLS et al,: J Sex Med, 11(12), 2865-2872(2014)
(5) Portman DJ, Gass MLS et al.: Menopause, 21(10), 1063-1068(2014)
(6) Cagnacci A,Gallo M,Gambacciani M,Lello S et al, : Minerva Ginecologica, 71(5), 345-352(2019)
(7) Vieira-Baptista P, Marchitelli C, Haefner HK, Donders G, Perez-Lopez F, : Int Urogynecol J , 28, 675-679(2017)
(8) Faubion SS, Sood R, Kapoor E.: Mayo Clin Proc, 92(12), 1842-1849(2017)
(9) Lee DM, Tetley J, Pendleton N.: BJU Int, 122(2), 300-308(2018).
(10)Gabes M, Knuttel H, Stute P, Apfelbacher CJ, : Menopause, 26(11), 1342-1353(2019)
(11) Parish SJ, Nappi RE, Krychman ML, et al. : Int J Womens Health, 5, 437-447(2013)
(12) Gandhi J, Chen A, Dagur G, et al. : Am J Obstet Gynecol, 215(6), 704-711(2016).
(13) Management of symptomatic vulvovaginal atrophy: 2013 position statement of The North American Menopause Society.: Menopause, 20(9), 888-902(2013).
(14) 日本医療政策機構「働く女性の健康増進に対する調査2018年」
(15) 薬機法第二条第四項:医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律:昭和三十五年法律第百四十五号.
(16) The North American Menopause Society (NAMS), : Menopause,27(9), 976-992(2020).

太田 博明(おおた・ひろあき)医師、医学博士

医師、医学博士
川崎医科大学 産婦人科学2特任教授
川崎医科大学総合医療センター 産婦人科 特任部長

1991年、慶應義塾大学病院にわが国の女性医療の嚆矢となる更年期のみならず、それ以降の健康の維持・増進を目指す中高年健康維持外来を創設し、今日まで『女性の生涯にわたるウェルエイジング』をライフワークとしている。

1970年 慶應義塾大学医学部卒業、1977年 慶應義塾大学医学博士取得、1980年 米国ラ・ホーヤ癌研究所訪問研究員、1991年 慶應義塾大学医学部産婦人科講師、1995年 慶應義塾大学医学部産婦人科助教授、2000年 東京女子医科大学産婦人科主任教授、2010年 国際医療福祉大学 臨床医学研究センター教授/山王メディカルセンター・女性医療センター長、2019年 藤田医科大学病院 国際医療センター客員病院教授、山王メディカルセンター・女性医療センター医師、2021年 川崎医科大学 産婦人科学2 特任教授/川崎医科大学 総合医療センター 産婦人科 特任部長、藤田医科大学病院 国際医療センター客員病院教授、2022年 川崎医科大学 産婦人科学2 特任教授/川崎医科大学、総合医療センター 産婦人科 特任部長、現在に至る。

※プロフィール詳細について、本誌面から一部割愛をさせて頂いております。

「FOOD STYLE 21」2022年9月号
特集1 フェムテック・フェムケアが創る“しあわせ”のかたちより


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