01認知症予防4つのポイント

認知症予防・治療の第一人者が監修 早めに気付くための
認知症予防の4つのポイント(総論)

これまでの生活と違う
「何か」「違和感」を見逃さない

脳の老化に早めに気づくためのキーワードは、「変化」です。それまでの暮らしぶりや仕事ぶりに比べて、違う「何か」を見逃がさないことです。たとえば、なぜかイライラする、眠れなくなる、外出がおっくうになる、趣味に楽しみを感じなくなる、度忘れが増える、などのちょっとした違和感。あるいは、頭痛や胃痛の場合もあります。変化を判断するには、学校や会社や家庭で担ってきた役割を、変わらずに果たせているかどうか確かめること。これまでの生活と比較するのが一番いい方法です。そうした変化に真っ先に気づくのはたいてい自分自身です。やがて家族や職場の同僚など、周囲の人が気づきます。その間、変化はさらなる老化へと進んでいるわけです。

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脳の老化4段階
脳の老化には、1.身体全体の老化、2.脳の血管の老化、3.脳の神経細胞の老化、4.メンタルの老化の4段階に分けられます。脳の健康を維持するには、それぞれの段階で悪い影響を及ぼす因子を突き止め、一つずつ減らしていくことが大事です。

身体全体の変化―
生活習慣病を予防する

どんなに脳が元気に働いていても、身体が倒れてしまえば元も子もありません。自由に歩き回れなくなれば、他人とのコミュニケーションなどに制限がかかってしまいます。社会性を失うにつれ、脳の働きは衰えていきます。身体の健康の阻害因子は、脳にもダメージを及ぼします。具体的には、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった生活習慣病を予防すること。すでにかかっていれば、適切に治療することが第一です。生活習慣病は、認知症にも直結します。身体の老化予防なしに、脳の老化予防はありえません。

生活習慣病は認知症にも直結

脳の血管の老化―
生活習慣病が血管を老化させる

脳の寿命にとって非常に大切なのが、血管です。全身にくまなく酸素と栄養を運ぶ血管の年齢は、身体の年齢と脳の年齢に直接結びついてます。生活習慣病に注意すべき理由は、どの病気も血管を老化させるからです。糖尿病は血液中のブドウ糖が多すぎる状態になって血管を傷つけます。高血圧は、動脈硬化を進めます。血管の壁が厚く硬くなり、弾力を失って傷つきやすくなるのです。脂質異常症は、血液中のコレステロールや中性脂肪が血管の壁を傷つけ、過剰な脂質が溜まることで、動脈硬化を進めます。動脈がきちんと流れなければ、酸素と栄養は身体の必要な場所に届きません。血液が届かなくなった細胞は、壊死してしまいます

一般に脳より身体の末梢の動脈硬化の方が先に進むので、まず気を付けるべきは身体の血管です。また、神経細胞の寿命が尽きる前に、血管の老化によって脳の血流が低下します。血管から脳の神経細胞へ酸素を無限に行きわたらせることが可能になれば、脳の寿命を延ばすこともできるはずです。

脳の血管の老化

脳の神経細胞の老化―
「楽しみ」を見つけてカバーする

神経細胞の老化には、いくつかパターンがあります。まず、数が減っていく老化です。加齢に伴い、神経細胞一つひとつの働きは低下しますが、全体の数も減ってしまうのです。神経細胞が減るにつれ、認知症でなくても脳は委縮して、シワが深くなっていきます。また、老廃物が溜まるのも、脳の老化現象です。神経細胞の中だけでなく、神経細胞と神経細胞の隙間やくも膜の下などに、いろいろな老廃物が溜まっていきます。

神経細胞が減ると、神経細胞を保護する細胞が増えるほか、補完するネットワークも働きます。神経細胞の老化を防ぐには、こうした代償機構やネットワークの働きを良くすることが大切なので、脳全体の機能を高めるような工夫が必要です。そのためのキーワードは、自分自身の「意欲」。何事にも貪欲に取り組もうという意欲こそ、脳の機能を維持する最大の秘訣です。

人間の精神活動の基本を、私は「意欲・感情・知能」と捉えています。土台になるのは意欲で、まず意欲を持たなければ、感情は動かず、知能を駆使するような活動に至りません。

人間の精神活動の基本

意欲

意欲が活発になると、脳の神経細胞は活性化します。神経細胞がたくさん働いている人は意欲が旺盛で、意欲があれば代償機能やネットワークも維持されるのです。定年退職した途端、生気をなくしてしまう人がいます。主婦の方から「子供が独立してダンナだけになったら、料理をする気がしない」というお話を聞くこともあります。こういう方々は、意欲を持てる対象を新たに探す必要があります。

感情

健康な人でも年齢を重ねるにつれ、意欲は自然と落ち、社会的な活動も減ってしまいます。それは正常な老化ですから、どうやって意欲を湧き立たせていくかが大切。意欲を支えるキーワードは、「楽しい」という感情です。楽しむことには、意欲を高める相乗効果があるのです。神経細胞も活性化し、ネットワークの働きも維持できます。

知能

認知機能とは、道具を使ったりコミュニケーションをとったり、社会生活で学んだ知識などの知能を中心とした脳の機能のこと。認知症というのは、脳の老化により様々な認知機能が破錠してきた状態です。知能そのものの衰えを予防する方法としては、計算ドリルや漢字パズルなどの脳トレが有名ですが、学術的にはあまり効果はないとされています。数字が変わるだけでやることは同じ計算やパズルなので、脳の一定の部分しか使いません。同じ作業を繰り返していると、使われない部分の脳はさぼってしまうのです。私のお勧めは囲碁や将棋、トランプやマージャンなどの対人ゲームです。

メンタルの老化―
意欲を高めて役割を果たす

脳の神経細胞の老化は、メンタルの老化という形でも現れます。血管の老化と神経細胞の老化による、精神面の衰えなのです。たとえば、抑うつ感、気弱、おっくうさといった精神状態です。メンタルの健康に定義や指標はないため、正常な老化との違いがわかりにくく、平均値を当てはめて判断するということができません。個人個人の環境や立場に応じて、社会的な役割を全うできているかどうかで判断するわけです。

意欲を高める

しかし、画像で見ると脳が委縮しているのに、バリバリ働いている人もいます。それは意欲の問題です。「意欲・感情・知能」のうちの意と情は、メンタルに強く影響するのです。体力や集中力の低下を経験や判断力でカバーしたり、上手に手を抜くことで、若い人に負けないクオリティと自らのメンタルステートを保つ。そうやって価値基準を満たそうとする老練さこそ、健康な老化だと私は考えます。

認知症予防の方法を紹介!よくあるトレーニングは効果ある?

文春新書『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』 (第2章)脳の健康寿命をいかに伸ばすか
新井 平伊(著) 2020年12月17日発刊より引用

COMMENT 監修医師のコメント

身体と脳の老化は正常加齢で起きていますが、その老化現象には4つの特徴があります。
それぞれの老化は密接に関係していますので、認知症予防の基本としてご理解頂けたらと思います。

監修医師

新井 平伊(あらい へいい)

アルツクリニック東京院長、順天堂大学名誉教授、
公益財団法人 認知症予防財団会長、一般社団法人 生涯健康社会推進機構理事

1984年順天堂大学大学院修了。東京都精神医学総合研究所主任研究員、順天堂大学大学院精神・行動科学教授を経て、1999年、日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2018年、東京丸の内に「アルツクリニック東京」をオープンし、院長に就任(現職)。世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。アルツハイマー病の基礎と臨床を中心とした老年精神医学が専門。「アルツハイマー病研究者世界トップ100」の38位に選出された世界的権威でもある。 2021年、早期の認知症予防および認知症発症リスク低減のための治療的介入を行う拠点として、東京・四ツ谷に「健脳カフェ」を開設。

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