04認知症コラム

認知症による幻覚について
―原因や対応する際の注意点を解説―

2024.07.26

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認知症により、幻覚の症状が現れることがあります。たとえば、実際にないものが見える「幻視」や、実際にないものが聞こえる「幻聴」などは幻覚の一つです。なぜ認知症の方には幻覚が発生することがあるのか、また、幻覚を訴える患者に対してどのように対応できるのかについて解説します。

認知症による「幻覚」の症状とは

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認知症における幻覚では、実際には見えないものや聞こえないものが、リアルに見えたり聞こえたりすることがあります。

認知症の症状には、程度の差はあれ、すべての患者に見られる「中核症状」と、見られる・見られないの個人差が大きい「周辺症状」があります。幻覚は、中核症状に伴って現れる中核症状の一つです。

症状 症状の例
中核症状
  • 記憶障害
  • 見当識障害
  • 判断力・
    理解力の低下
  • 同じことを何度も言う
  • 同じことを何度も聞く
  • 大切な物を失くしてしまう
  • 自分がどこにいるのか分からなくなる
  • 同時に2つのことが出来なくなる
周辺症状
  • 妄想
  • 幻覚
  • 徘徊
  • 暴力
  • 暴言
など
  • 物を盗られたと思い込む
  • 小さなゴミが虫に見えてしまう
  • 近くのスーパーへ買い物に行ったはずが
    何時間も帰ってこない
  • 家族に対して攻撃的な言動をする

認知症の一種であるレビー小体型認知症では、幻視(視覚に関する幻覚)がみられることが挙げられます。実際にはないものであっても、認知症の方本人にとっては実際に見えたり触れたりしているように感じる場合があります。たとえば、「背中に黄色い羽がある虫がテーブルのうえに3匹いた」「(すでに亡くなっている)父方の祖母がピアノの横に立っていた」のように、細かなエピソードを語ることが多いです。

また、レビー小体型認知症の場合、記憶障害が軽いため、患者は自分が見た幻覚を何日も覚えていて、繰り返し話をすることもあります。

認知症の中核症状について詳しくはこちら 認知症の周辺症状について詳しくはこちら

見間違い(錯覚・錯視)との違い

幻覚は、実際にないものが見えたり聞こえたりすることです。一方、見間違い(錯覚・錯視)とは、実際にあるものを基に誤って認識してしまうことを指します。たとえば、誰もいないところに人を見たように感じるのは幻覚ですが、ハンガーに吊るした衣類を人だと思い込むことは錯覚・錯視です。

幻覚 見間違い
見え方 実際にないものが見える 実際にあるものを別のものとして認識する
特徴 五感に関わる場合がある 視覚に関わる場合が多い
原因 脳の作用 疲労・老化・注意散漫など

また、幻覚と錯覚は構造にも違いがあります。幻覚(幻視)は目から後頭葉に情報が伝わる過程で障害が生じ、実際にはないものがあるように認識してしまうことです。一方、錯覚(錯視)は、目から入った情報が正確ではない形で補正され、脳で情報を処理する際に誤認することを指します。

認知症による幻覚が発生する原因

認知症により幻覚が発生する原因としては、主に下記右記の3つが挙げられます。それぞれの原因について詳しくみていきましょう。

レビー小体型認知症の症状によるもの

レビー小体認知症は、認知症のなかでも幻覚症状(幻視)が起きやすいとされています。レビー小体型認知症は、レビー小体と呼ばれる異常タンパク質が脳内に蓄積することで起こる認知症です。

レビー小体型認知症を発症すると、記憶をつかさどる側頭葉や、情報処理を行う後頭葉に異常が起こり、幻視が発現するようになります。そのため、他の認知症と比べ、幻覚症状(幻視)が起こりやすいのです。

レビー小体型認知症について詳しくはこちら
ポイント
レビー小体型認知症の幻視の場合、その幻視が見えている人に対し、危害を加えない内容であることがほとんど

認知機能低下や、環境に対する不安感によるもの

認知症はその種類に関わらず、神経間の情報のやり取りに障害が起こり、空間認識能力や五感に異常が発生しやすくなります。実際にないものが見える幻覚が起こるのも、その影響といえるでしょう。

また、認知症の方は負の感情を記憶しやすい傾向にあるため、不安感や恐怖から幻覚を引き起こすこともあります。

ポイント
アルツハイマー型認知症の場合は、せん妄のときを除いて幻覚症状が現れるのは稀

認知症以外の原因によるもの

認知症以外の原因により、幻覚が起こることもあります。たとえば、統合失調症やうつ病などの精神疾患や、過眠などの睡眠障害、意識障害により幻覚が生じることもあるようです。

また、アルコールや薬物の過剰摂取、副作用によって幻覚が起こることもあります。認知症の症状を抑えるための睡眠薬や抗不安薬の副作用で起こる「せん妄」が原因となり、幻覚が生じることも少なくありません。なお、せん妄とは、脳が機能不全を起こした状態のことです。

せん妄について詳しくはこちら

認知症による幻覚への治療

認知症による幻覚がレビー小体型認知症の症状と判断されるときは、「非定型抗精神病薬」で治療を試みる場合があります。非定型向精神病薬は、従来の精神病薬と比べて副作用が発現する可能性が低いのが特徴です。たとえば、幻覚や妄想には、クエチアピンやオランザピンなどの非定型抗精神病薬が処方されます。

認知症の治療薬について詳しくはこちら

レビー小体型認知症の服薬治療には特に注意を

レビー小体型認知症では薬に対して過剰な反応が出ることもあるため、用法通りに服薬しても、副作用が出ることもあります。たとえば、市販のかぜ薬や胃腸薬を服用しても体調が悪化する方は、抗精神病薬により幻覚や妄想などの症状が出やすいことや、他の症状も悪化する場合があります。

レビー小体型認知症は投薬治療が難しいとされているため、薬に対する反応を丁寧に観察し、医師とこまめに相談をすることが必要です。

認知症による幻覚の種類

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認知症によって生じる幻覚には、さまざまな種類があります。代表的な幻覚についてみていきましょう。

幻視 変形視 幻聴 幻味、幻臭 体感幻覚 錯視 妄想

幻視

幻視とは、実際にないものが見える症状のことです。アルツハイマー型認知症でも見られることがありますが、レビー小体型認知症ではとくに多く見られます。実際にはなくてもリアルかつ鮮明に見えるのが特徴です。なお、幻視でもっとも多い症状は「家の中に知らない人がいる」というものとされています。

幻視の例
  • 知らない人が部屋の中にいる
  • リビングに犬がいる

変形視

変形視とは、物体が変形して見える症状のことです。ピカソのキュビズムや、ダリのシュールレアリスムのように、特定の部位が強調されたり不自然に歪んだりして見えます。対象のすべてが変形している場合と、一部分だけが変形して見える場合があります。

変形視の例
  • 指の形が不自然に歪んで見える
  • テレビの出演者や、鏡で見る自分の顔が左半分だけ歪んで見える

幻聴

幻聴とは、実際には聞こえないはずのものが聞こえてしまう症状です。幻視と同じく、レビー小体型認知症でよく見られます。周囲からは何かにとりつかれているかのように見えるため、困惑されやすい症状といえるでしょう。

幻聴の例
  • (一緒に暮らしていない)子どもの声が聞こえたと言う
  • 誰もいないのに「多くの人がわたしの悪口を言っている」と言う

幻味・幻臭

幻味とは実際にない味を感じること、幻臭とは実際にないにおいを感じることです。食事のときに「変な味がする」「変なにおいがする」と訴えることもあります。また、口の中に何もないのに「変な味がする」と訴える場合もあるでしょう。

幻味・幻臭の例
  • 腐っていないのに「腐った味がする」と訴える
  • 何もないところで「何かが燃えているようなにおいがする」と訴える

体感幻覚

体感幻覚とは、皮膚や臓器に幻覚が生じることです。たとえば、誰も触っていないのに手足を触られているように感じたり、何もいないのに虫が身体を這いまわっているように感じたりすることがあります。なお、体感幻覚は認知症に限らず、精神疾患の患者によく見られるようです。

体感幻覚の例
  • 痛みの原因がないのに「痛い」と訴える
  • 背中に何もいないのに「背中を虫が這いあがってくる」と訴える

錯視

錯視とは、見間違えることです。幻覚は実際にないものが見える症状ですが、錯視は実際にあるものを間違って認識することを指します。錯視も、レビー小体型認知症によく見られる症状です。また、錯視がきっかけとなり幻視を引き起こすこともあります。

錯視の例
  • ハンガーに吊っている衣類を人間と見間違える
  • テーブルに置いたポットを、鳥がとまっているのだと見間違える

妄想

妄想とは、あり得ないことを信じ込んでしまう症状です。認知症だけでなく、統合失調症などの精神疾患でも妄想が見られることがあります。幻視がきっかけとなり、妄想に発展する場合もあるでしょう。また、一度発症すると、症状がエスカレートすることもあります。

認知症による妄想についての詳しい記事はこちら

妄想の例
  • 実際には何も言っていないのに、「子どもが悪口を言う」と訴える
  • 実際には浮気をしていないのに、「夫が浮気をしている」と訴える

認知症による幻覚への対応をする際の注意点

認知症の方が幻覚を訴えるときは、まずは否定せずに最後まで聞きましょう。適切な対応法と注意点を紹介するので、ぜひ参考にしてください。

否定しない

幻覚の種類によらず、まずは否定せずに受け止めるようにしましょう。他の人には見えていないものや実際には存在しないことであっても、認知症の方本人の感覚では確かに体験しているという事実に注目してください。

認知症の方は他者の反応に対して繊細だといわれています。ほんの些細な言葉や雰囲気であっても、「わたしを否定している」「まともに話を聞いてくれない」と受け止め、強いストレスを感じることが少なくありません。共感し、受け止めることが大切です。

安心してもらえる対応をする

負の感情が悪循環を起こさないためにも、安心感を与えられるような声がけを意識しましょう。認知症の方は不安や恐怖によって幻覚症状を感じることもありますが、幻覚症状を見たことで、さらに不安や恐怖が増幅することがあります。

幻視を見ている認知症の方に近づくと、幻視が消えて、安心できることがあります。また、幻聴が聞こえている認知症の方に話しかけることで、幻聴が消えることも少なくありません。幻覚で不安を感じていそうな認知症の方には、積極的に声がけするようにしてください。

周囲に危険な物がないか確認する

認知症の方が不用意に危険物に触れることがないよう、普段から身の回りにハサミや包丁、先端がとがったものなどを置かないようにしてください。幻覚により、認知症の方が不安や恐怖から「誰かが自分を襲おうとしている」と感じ、保身のために刃物を手に取るかもしれません。

また、危険物を手に取り、急に振り回す可能性もあるため、不安や恐怖が強くなっている認知症の方に近づくときは注意が必要です。周囲に危険物を置かないよう、普段から心がけましょう。

幻覚の説明をする際は傷つけないように

幻覚について説明する際には、ショックを与えないように配慮することが重要です。たとえば、「これは幻視かもしれない。きっと大丈夫」というような、安心感を与える言葉を用いましょう。

認知症の方の中には、幻覚を感じていることに対して「何か変だ」と思っていることがあります。そのため、本人が落ち着いた状態のときに、幻覚症状について認知症の方に説明することが大切です。

住環境を整える

幻覚症状が見えにくい住環境にすることも大切です。たとえば、いつも同じ場所で幻覚症状が起こる場合、何かその周辺に幻覚につながるものが隠れている可能性があります。たとえば、「花瓶の影が壁に映る」「障子の向こうにあるコート掛けが人のように見える」などの発見があるかもしれません。

とりわけ薄暗い場所や、シミがある壁(シミのようなデザインの壁紙も含む)などは、幻覚を誘発することがあります。認知症の方が住んでいる環境を一度見直してみてください。

認知症による幻覚への対応をする際の注意点イメージ

認知症による幻覚に効果的な環境の整備方法

認知症の方の幻覚を減らすためにできることを紹介します。ぜひ参考にして、幻覚が起こりにくい環境を整えてください。

照明を明るくする 部屋を片付ける 部屋の点検をまめに行う

照明を明るくする

幻視は暗い場所で起こりやすいとされているため、照明を調節し、部屋全体を明るくしましょう。明るくしようと間接照明を使うと影が増えて、幻視が起こりやすくなってしまいます。明度を高くするか、直接照明に変えてみてください。

ただし、人によって快適な明るさは異なるため、あまりにも明るいと落ち着かない空間になってしまうことがあります。認知症の方に意見を聞き、快適かつリラックスできる明るさを探っていきましょう。

部屋を片付ける

錯視(見間違い)から幻視を引き起こすこともあるため、錯視が起こらないように、部屋をすっきりと片付けてください。たとえば、ハンガーにかかった洋服は人の姿に見え、錯視の原因になることがあります。

また、幻覚に驚いて走り出すなど、身体を急に動かすかもしれません。床にあるものを踏んで滑ったり、テーブルの角にぶつけたりすることがないためにも、認知症の方が過ごす空間は丁寧に片付けておくことが必要です。

部屋の点検をまめに行う

認知症の方が幻覚を起こしにくく、なおかつ快適に過ごせる空間を維持できているのか、定期的に点検するようにしてください。リスクを早期発見できるだけでなく、患者も守られている安心感を得られます。

たとえば、テレビの音量が大きくなりすぎていないか、生活音がうるさくないか、視線を感じやすい位置に座っていないかなどをチェックし、不安要素を取り除きましょう。

認知症の幻覚に関するよくある質問

認知症の方の幻覚について、よくある質問を紹介します。ぜひ参考にして、疑問解消に役立ててください。

Q認知症以外の幻覚とはどんな違いがありますか?

認知症以外でも統合失調症などの幻覚が起こる精神障害があり、幻覚そのものにはとくに違いはありません。なお、認知症の幻覚は個人差が大きいため、症状が見られない方もいるでしょう。ただし、レビー小体型認知症に関しては幻視が見られることが多い傾向にあります。

Q認知症による幻視の発症パターンなどはありますか?

レビー小体型認知症でよく見られる幻視は、夕方や夜間などの薄暗くなるときに出現しやすいといわれています。太陽が傾いたら早めに電気をつけるなど、薄暗さを減らす工夫をしてみましょう。

認知症の方にこまめに声がけすることで
不安を軽減しよう

認知症の方は幻覚を見ることが少なくありません。とりわけレビー小体型認知症では、幻視や幻聴が起こりやすいといわれています。

また、不安が強まることで幻覚が起こりやすくなるケースも見られます。幻覚によってさらに不安が強まる悪循環を生むこともあるため、認知症の方の不安を軽減するような声がけを意識してください。

認知症は一度発症したら治療が難しい病気といわれています。その分、普段からの予防やケアが大切です。認知機能を維持するための方法も発表されているので、ぜひ最新研究もチェックしてみてください。

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