04認知症コラム
パーソンセンタードケアとは
―認知症の
人の尊厳を守るためのケアを詳しく解説―
2024.09.24
パーソンセンタードケアは、認知症の方の尊厳を守り、その人らしさを尊重するケア方法です。この記事では、パーソンセンタードケアの基本概念や誕生の背景、5つの心理的ニーズについて詳しく解説します。現場の方はもちろん、家族が認知症という方もケアの参考としてぜひご覧ください。
パーソンセンタードケアとは
パーソンセンタードケアは、医療やケアの場面で、その人らしさを尊重し、その人の目線に立って支援を行う考え方です。
認知症においては、認知症の方を「何もできない人」と決めつけるのではなく、一人の人間として尊重し、その人が望む生活を送れるよう支援します。単に病気や障害を治療するだけでなく、その人の人生の質を高めることを目指しているのです。
パーソンセンタードケアは、医療や介護の現場で、よりよいケアを提供するための重要な考え方として注目されています。
パーソンセンタードケア誕生の背景
パーソンセンタードケアは、1980年代末に英国の心理学者トム・キッドウッド氏によって提唱された概念です。
それ以前は、認知症高齢者は「何もわからない人」「変な行動をする人」と捉えられていました。相手の立場を考えることなく、流れ作業のような介護が行われていたそうです。
そこで、トム・キッドウッド氏は個人の生活歴や習慣、趣味や性格などの背景に着目し支援することで、悪化しているように見える認知症の状態も改善できるかもしれないと考えました。
その結果、一人ひとりの視点や立場に立って理解しながらケアを行う、パーソンセンタードケアが誕生したのです。
パーソンセンタードケアの「5つの心理的ニーズ」
パーソンセンタードケアを理解するには、「5つの心理的ニーズ」について知っておく必要があります。認知症の方との関わり方においても重要なので、押さえておきましょう。
自分らしさ
「自分らしさ」は、自分が自分であると感じ、尊重されることを求めるニーズです。過去の経験、価値観、趣味などを大切にし、それらに基づいて選択し行動することで、自分らしさを保ち、自尊心を維持できます。
認知症の方は過去の記憶が断片的になり、過去の自分と現在の自分の繋がりが感じにくい場合があります。周りの人たちが、思い出話や写真などを共有し、過去と現在をつなぐ手助けを繰り返し行うことで、認知症の方は「自分らしさ」を取り戻せるでしょう。
- 「自分らしさ」のニーズを満たすためのサポート例
-
- 元教師の方には、子どもたちへの読み聞かせや学習支援の機会を提供する
- 音楽が好きな方には、楽器演奏や音楽鑑賞の機会を提供する
- 過去の写真を一緒に見ながら、思い話をする
結びつき
「結びつき」は、他者との情緒的なつながりを求めるニーズです。家族、友人、介護者などとの関係を通して安心感や愛情を抱けば、孤独感を解消できます。認知症の方の精神的な安定や幸福感に直結するため、ケアを行う中で重要な観点です。
認知症で記憶が断片的になり、時間や出来事の繋がりが認識しにくくなっても、なじみのある人や物への愛着は、変わらず安心感をもたらします。大切に持ち続けてきた物や、深い絆で結ばれた人がそばにいると感じることで、穏やかに過ごせるでしょう。
- 「結びつき」のニーズを満たすためのサポート例
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- 家族や友人を招いてのイベントやレクリエーションを企画する
- 施設で共通の趣味を持つ入居者同士の交流を促す
- 昔飼っていた動物とふれあう機会をつくる
たずさわること
「たずさわること」は、何かに取り組むことで充実感を得たいというニーズです。役割や責任を果たすこと、趣味や活動に参加することで、生きがいを感じ、生活にメリハリが生まれます。
認知症の方は、一方的に何かをしてもらうのではなく、自分の能力を使用して何かしたい、役に立ちたいと思っている場合も少なくありません。つい行動を抑制してしまいますが、なるべく役割を果たせるようサポートしましょう。
- 「たずさわること」のニーズを満たすためのサポート例
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- 趣味のグループ活動のリーダーをしてもらう
- 簡単な作業(例:配膳、掃除、花の水やり)を手伝ってもらう
- 自分の身の回りのことはできるだけ自分で行えるように支援する
共にあること
「共にあること」は、他者と分かち合い、受け入れられたいというニーズです。コミュニティの一員として認められ、社会との繋がりを感じることで、孤立感を防いで安心感を得られます。
認知症の方にとって「どうせ何もわからない」と思われて扱われることは、排除されていると感じてしまう原因です。集団の一員であるという安心感と、周囲といつでも関われるという環境が、本人の安心感を生みます。
- 「共にあること」のニーズを満たすためのサポート例
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- 個室や少人数のグループで過ごす時間を確保する
- 家族や施設での一体感が感じられるお祝い事やお祭りのようなイベントを開催する
- 一人で寂しそうな様子があれば、一緒にできる活動をしてみないかと声をかける
くつろぎ
「くつろぎ」は、心身ともにリラックスし、安心できる環境を求めるニーズです。安全・快適な空間で心身の緊張を解きほぐすことで、ストレスを軽減し、穏やかな気持ちで過ごせるでしょう。
認知症の方は、脳機能、脳神経の障害により、さまざまな不安や不快感を抱く傾向にあります。人によって不快に感じる物事や程度もさまざまですが、本人がなるべく心身がリラックスできる環境を整えてあげることが大切です。
- 「くつろぎ」のニーズを満たすためのサポート例
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- 室温や照明、騒音レベルなど、環境を整える
- 個人の好みに合わせた家具やインテリアを配置する
- 自然光を取り入れたり、観葉植物を置いたりする
認知症の症状発生に関連する5つの要素
認知症の症状は、さまざまな要因が複雑に絡みあって現れます。認知症の症状に関連している5つの要素をみていきましょう。
脳の機能障害
脳の機能障害や神経伝達障害は、認知症の中核症状に該当します。認知症の方に、同じことを繰り返す、自分がどこにいるのかわからなくなるといった症状がみられることもあるでしょう。周囲からは理解しがたい行動に見えますが、これは認知症の中核症状によるものです。
記憶障害や見当識障害といった中核症状は、日常生活に支障をきたすだけではありません。本人の自信や尊厳を傷つけ、孤独感や怒りといった感情を引き起こす可能性があります。認知症が進行するにつれて、「5つの心理的ニーズ」を満たすことが困難になるでしょう。
症状 | 症状の例 | |
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中核症状 |
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身体の状態
認知症の人は、身体の痛みや不調を言葉で伝えることが難しくなります。そのため、普段とは異なる行動や心理症(BPSD)として現れることも珍しくありません。たとえば、いつもは穏やかな人が急に怒りっぽくなったり、落ち着きがなくなったりする場合、身体的な問題を抱えている可能性があります。
このようなサインを放っておくと、薬の副作用や隠れた疾患を見逃しかねません。認知症の方の行動や感情の変化に注意を払う必要があります。違和感に気づければ、早期発見・早期対応につながるでしょう。
性格
認知症の症状は、その人の性格によって大きく左右されます。たとえば、もともと几帳面な人は些細な変化に気づきやすく不安を感じやすい一方、おおらかな人は変化に気づきにくいでしょう。
また、社交的な人は周囲との交流を求める一方、内向的な人は一人で過ごすことを好むなど、コミュニケーションの取り方にも違いが現れます。これらの性格の違いを理解し、それぞれの個性に合わせたケアを行うことが、認知症の人の安心感やQOL向上に繋がります。
来歴
認知症の方の症状や行動は、その方のこれまでの経験や趣味、人生の転機などによって形成された心理的特徴と密接に関係しています。たとえば、社交的な性格の方は周囲との交流を求める傾向があり、反対に内向的な性格の方は一人で過ごすことを好むかもしれません。
また、過去のトラウマや辛い経験が、特定の状況に対する恐怖心や不安感につながることもあります。各個人の来歴を確認すると、心理的特徴を捉えるのも助けになるでしょう。
環境・人間関係
置かれている環境や人間関係によって、認知症の周辺症状は大きく影響を受けます。たとえば、慣れない環境や厳しい言葉遣いは、認知症の方の不安感や恐怖感を増大させるでしょう。結果として、徘徊や暴力といった行動を引き起こす可能性があります。
反対に、安心できる環境や優しい言葉遣いで接すれば、穏やかな気持ちで過ごせます。また、周囲の人々との積極的なコミュニケーションは、意欲や自尊心を高め、認知症の進行を遅らせる効果も期待できるでしょう。
症状 | 症状の例 | |
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周辺症状 |
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パーソンセンタードケアを行うための認知症ケアマッピング
認知症ケアマッピング(DCM:Dementia Care Mapping)とは、施設内で認知症の方の行動や状態を観察し、評価する方法です。パーソンセンタードケアを行ううえでの重要なツールとして使用されています。
どのような言動が見られるか
認知症ケアマッピングでは、認知症の方がどのような言動をとっているかをアルファベットで分類します。たとえば「仕事=A」「趣味=B」といったように記録します。そして、なぜその行動をするのかを本人の目線で考察するのです。
たとえば、以前庭仕事をしていた方が、庭の花壇を見て手を動かしている場合、その行動は「仕事に関連する行動=A」と記録されます。
よい状態かよくない状態か
感情や他者とのかかわりなどを認知症の方の状態を数値化し記録します。そして、「例外的によい状態」から「最もよくない状態」まで6段階で評価するのです。どのような状態がよいのかよくないのか、トム・キットウッド氏が提唱したサインの目安を参考にします。
よい状態のサイン
自己表現ができる 喜びを表現できる 思いやりがある ゆったりしている ユーモアがある 人のために何かをしようとする 愛情を示す 汚れや乱れを気にかける
よくない状態のサイン
強い怒りを示す 悲しいときに放っておかれる 不安がる 退屈そうにしている 不快感を示す 体がこわばっている 興奮している 何にも関心がない 引きこもる 他者に抵抗しない
介護者の関わりはどのようなものか
観察時に本人と関わった介護者の言動を記録します。これは介護者の質を評価するものではなく、介護者の言動が本人にどのような影響を与えるかを確認するためです。たとえば、介護者の声かけや接触が本人の感情や行動にどのように影響するかを観察します。
そのほか、介護者の対応が本人の状態にどのような変化をもたらすかも記録します。これにより、介護者の言動が本人に与える影響をデータ化し、よりよいケアを提供するための参考にできるのです。
パーソンセンタードケアに関するよくある質問
ここでは、パーソンセンタードケアに関してよくある質問に回答しています。適切なケアにつなげられるよう、最後まで確認しましょう。
Qユマニチュードとパーソンセンタードケアの違いは何ですか?
ユマニチュードは「見つめる」「話しかける」「触れる」「立つ」の4つの柱を重視し、尊厳を取り戻すケアです。一方、パーソンセンタードケアは個々の心理的ニーズに基づき、その人らしさを尊重するケアを提供します。
Qパーソンセンタードケアはどんなことに特化したケアですか?
パーソンセンタードケアは、認知症を持つ人々の心理的ニーズを理解し、その人らしさを尊重するケアに特化したケアです。個々の背景や価値観を重視し、個別対応を行います。
パーソンセンタードケアで尊厳を守ったケアを
パーソンセンタードケアは、認知症の方の尊厳を守り、その人らしさを尊重するための重要なケア方法です。パーソンセンタードケアの基本概念や具体的な実践方法について理解を深めていただけたでしょうか。認知症ケアの現場で、このアプローチを取り入れることで、よりよいケアを提供し、認知症の方々の生活の質を向上させることができます。ぜひ、日々のケアに役立ててください。
認知症は一度発症すると進行を止めることが難しい病気です。しかし、認知機能を改善する方法を見つけるための研究は日々進められています。介護をされている方や、将来の認知症を心配されている方は、最新の研究成果から役立つ情報を得られるかもしれません。
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