04認知症コラム

失行とは―症状やリハビリ、失認や
遂行機能障害との違いも解説―

2024.08.23

失行とは―症状やリハビリ、失認や遂行機能障害との違いも解説―イメージ

失行は、運動機能に問題がないのにも関わらず、日常的な動作が困難になる症状です。着替えや食事など、今までできていたことができなくなるため、生活に大きな支障をきたすでしょう。この記事では、失認や遂行機能障害との違いや、失行の種類と原因、リハビリテーションの方法までわかりやすく解説します。

失行とは

失行とは、脳の損傷によって引き起こされる運動障害の一種です。手足は正常に動くのに、目的の動作を正しく行えない状態を指します。

たとえば、頭では「歯を磨きたい」と理解していても、実際に歯ブラシを口に運んで磨く動作がスムーズにできないといったことが起こるでしょう。日常生活で当たり前に行っていた動作ができなくなったり、ぎこちなくなったりします。

失語症と併発することも少なくありません。ほかにも併発する症状は多く、失行自体の種類も多岐にわたります。

失行とはイメージ

失認・遂行機能障害との違い

失行と失認・遂行機能障害は、「言葉に出せない」「行動できない」などの点で類似していますが、動作ができなくなる理由が異なります。

失行と失認の違い

失行は、運動機能に問題がないのに日常的な動作が難しくなる症状
失認は、視力に問題がないのに、目の前の物や状況の理解が難しくなる症状

  • 失行の例…服を着ようとしても、ボタンを掛けられない
  • 失認の例…鍵穴に鍵を差し込もうとしても、鍵穴の位置がわからない

失行は「動作の記憶の欠落」であるのに対し、失認は「頭で理解できない」のが異なる点です。失行の場合は、認識をしていても動作を思い出せません。一方で失認の場合は、そもそも目の前の状況の把握が困難なため、動作に支障が現れます。

失行と遂行機能障害の違い

失行は、各動作のやりかたを忘れてしまう、特定の部分が欠落した状態、遂行機能障害は、各動作はできるが、それを組み合わせて連続的・効率的な行動ができない状態

  • 失行の例…料理のレシピに従って食事を準備しようとするが、包丁の使い方を忘れてしまい、食材を切れない
  • 遂行機能障害の例…包丁を使って食材を切れるが、手順を飛ばしたり、同じ工程を繰り返したりする

遂行機能障害は「動作の計画・実行能力の低下」といえるでしょう。失行は動作そのもの忘れてしまいますが、遂行機能障害の場合は計画立てて実行することが困難です。

失行の原因

失行の原因は、脳の損傷によるものです。外傷や脳疾患によって脳がダメージを受けると、失行の原因となってしまいます。

外傷による脳の損傷

頭を強く打ち付けるなどの頭部外傷によって、脳に損傷が生じると失行が起こることがあります。脳には「習得された一連の動作に関する記憶」が保存されている箇所があり、その部分が損傷を受けると、今までできていた動作ができなくなるでしょう。

脳のどの部位が損傷を受けたかによって、失行の症状は異なります。とくに、頭頂葉、または頭頂葉と脳のその他の部位をつなぐ神経経路の損傷によって、失行が起こるケースが多いです。

外傷による脳の損傷イメージ

脳卒中・脳腫瘍などの疾患による脳の損傷

脳卒中や脳腫瘍などの脳疾患によって、頭頂葉やその周辺の神経経路が損傷した場合も、失行が起こる可能性があります。外傷による場合と同様に、脳のどの部位が損傷を受けたかによって、失行の症状は異なるでしょう。

もし、心当たりがないのに突然失行の症状が現れた場合は、気づいていないだけで脳疾患を抱えている可能性があります。早急に医師に相談し、必要な検査を受けましょう。

認知症と失行の関係

認知症の中核症状の一つに失行があります。中核症状とは、認知症の種類に関わらず、ほぼ全ての患者に共通して現れる症状のことです。失行のほかにも、記憶障害や言語障害などが中核症状として現れます。

失行が発症する原因は、頭頂葉やその周辺の神経細胞の損傷です。認知症によって脳の萎縮が進みこれらの領域が影響を受けると、着替えや食事など、これまで行っていた動作に支障をきたします。

失行の症状

失行の症状はかなり多岐にわたるが、2種類に大別されます。それぞれの症状について見ていきましょう。

観念運動失行(パントマイム失行) 観念失行(道具使用失行) その他の失行

失行の症状イメージ

観念運動失行(パントマイム失行)

観念運動失行(パントマイム失行)は、日常生活では自然にできる単純な動作を、指示されるとできなくなる状態です。

この症状は、左脳(優位半球)の損傷によって引き起こされる傾向にあります。指示された動作はできない一方で、自動的な動作はできるのが特徴です。そのため、命令されなくても習慣的な作業は行えますが、検査の場面で指示されると全くできなくなるというケースも少なくありません。

観念運動失行は、日常生活では比較的軽度な症状ですむ場合もありますが、コミュニケーションの場面などで支障をきたすことがあります。

観念運動失行の例
  • ばいばい、と手を振る動作ができない
  • 敬礼ができない
  • 歯磨きをして、と言われても歯ブラシで歯を磨けない
  • くしで髪をとかす仕草を真似できない

観念失行(道具使用失行)

観念失行(道具使用失行)とは、物や道具の使い方、そしてそれらを使った一連の動作を正しい順序で実行することが困難になる状態です。道具を使う動作がぎこちなくなったり、複数の道具を使う際に本来とは違う順番で使ってしまったり、道具の用途を誤ったりすることがあります。

観念失行は、認知症やせん妄の方に多くみられる症状です。日常生活に支障をきたすことも多いため、周囲のサポートが重要になります。

観念失行の例
  • お茶を淹れられない
  • ろうそくに火をつけられない
  • ごはんをよそえない
  • 石鹸で手を洗えない

その他の失行

観念運動失行や観念失行以外にも、さまざまな種類の失行が存在します。たとえば、手足の細かい動作が困難になる「肢節運動失行」、衣服を正しく着ることが困難になる「着衣失行」などがあります。

これらの失行は、それぞれ異なる脳の部位の損傷によって引き起こされ、リハビリテーションのアプローチも異なります。症状に合わせた適切なリハビリテーションを行うことが重要です。

その他の失行の例 ※以下はその他失行の一部
  • 口腔顔面失行…顔、口、舌、喉頭、および咽頭を含む熟練動作の障害
  • 発語失行…言葉の調音に関する選択的障害
  • 眼球失行…指示に従って眼球運動を行えない
  • 体幹失行…体勢を作ることが困難
  • 着衣失行…着衣作業が行えない

日常生活でみられやすい失行の症状

失行は、運動能力に問題がないのにも関わらず、日常生活動作が困難になる症状です。しかし、失行の種類によっては日常生活内で症状に気づきにくい場合も少なくありません。本人が違和感を感じ取るだけでなく、家族から見て日常生活に異変がないか確認することも重要です。

日常生活で当たり前に行っていた動作に違和感がある場合、いずれかの失行を発症している可能性があります。脳に疾患がある場合もあるので、気づいたら受診しましょう。

日常生活でみられることの多い失行の例
  • 箸やスプーンの使い方が変
  • 髭剃りがうまくできない
  • 水道の水を出せない
  • シャンプー、リンス、ボディソープなどの区別がつかない
  • トイレのドアが開けられない
  • 洗濯ばさみを使えない
  • アイロンがかけられない
  • 電話をかけられない
  • 買い物ができない

失行の診断

失行は、指定された動作ができるかどうかで評価されます。ここでは、主に用いられる診断方法を紹介します。

SPTA(標準高次動作検査) WAB(ウェスタン総合失語症検査)

失行の診断イメージ

SPTA(標準高次動作検査)

SPTA(標準高次動作検査)は、失行で用いられる検査の一つです。顔面動作や物品を使用する顔面動作、上肢の習慣的動作、上肢手指の構成・模倣、連続動作や着衣動作など13項目を検査します。

それぞれが口頭命令で実行できるか、模倣できるかなどにより点数が加算され、誤反応率など含め総合的に判断し、失行の有無や重症度を診断します。

WAB(ウェスタン総合失語症検査)

WAB(ウェスタン総合失語症検査)は、主に失語症の診断に用いられる検査です。失行は失語症と併発することが多いため、失語症の検査中に失行の症状に気づくケースも少なくありません。

WAB検査の中の「行為」に関する項目で、道具を使わない動作や道具を使う動作、複雑な動作など、さまざまな運動機能を評価します。失語症だけでなく、失行の有無や程度についても診断できるのです。

失行の治療

失行自体を直接治療する特効薬や治療法はありません。しかし、失行の原因が脳腫瘍などの疾患である場合は、その疾患に対する治療を行うことで、失行の症状が改善される可能性があります。

失行に対する直接的なアプローチとしては、理学療法や作業療法などのリハビリテーションが中心です。リハビリテーションでは、どのように作業を細分化して考えれば動作ができそうか、どのような考え方を行えば動作に結びつきそうかなどを模索します。

失行の症状に応じてアプローチを検討し、日常生活環境を安全に過ごせるように考えるのです。

失行に関するリハビリテーション

とくに道具使用に関する観念失行の場合は、道具使用のどの過程に問題があるのかを細かく分けて見ていくことが必要です。具体的には右記下記のように分けて考えます。

道具使用のプロセス
  • 道具使用の意図・意志
  • 道具に手を伸ばす
  • 道具をしっかり持つ
  • 対象に道具を当てる・近づける
  • 目的に合わせて道具を操作する
  • 意図・意志に対する効果にたどり着く

そもそも目的に合った道具を選べていないのか、道具は合っているのに操作を間違えているのか、操作の順序を間違えているのか。誤りの分析だけでなく、正しくできている部分とできない部分を見極めることが、効果的なリハビリテーションにつながります。

そのため、リハビリテーションの初期段階では、介助を行いながら正しいプロセスを達成できるように誘導し、徐々に介助を減らしていく方法が有効です。また、日常生活においても、物を置く場所を限定したり、道具の数を減らしたりすることで、混乱が生じにくい環境を整えることも欠かせません。

失行のリハビリテーションの代表「代償戦略訓練」とは

失行のリハビリテーションにおいて、代償戦略訓練は有効な手段の一つです。苦手な動作や道具の使用に対して、その過程を補填する代替策を講じることで、日常生活動作の改善を目指します。

たとえば、動作の手順を細かく言語化したり、絵での手順説明を取り入れたりすることで、失行を抱える人がよりスムーズに動作を行えるよう支援します。

失行に関するよくある質問

失行は認知症に限らず、疾患や外傷でも発症します。いざというときに備えて、失行に関してよくある質問をみていきましょう。

Q肢節運動失行とはどのような症状の失行ですか?

肢節運動失行は、手足の細かい動作が困難になる失行です。運動機能や感覚機能に問題はないものの、硬貨をつまむ、ボタンをかける、紐を結ぶといった動作がぎこちなくなったり、できなくなったりします。脳の中心前回や中心後回と呼ばれる部位などの損傷によって引き起こされることが多いです。

Q認知症における失行はどのような症状ですか?

認知症による失行も、日常生活で行っていた動作が行えない、道具の使い方がわからないといった症状がみられます。ただし、認知症による症状の場合、治療は困難です。症状の進行を抑えることを目的として、リハビリテーションなどを行います。

日常生活の動作の違和感に気づいたら受診を

失行は、脳の損傷によって引き起こされる身近な症状です。しかし、症状に気づきにくく、発見が遅れてしまうケースも少なくありません。失行は早期発見・早期対応によって、進行を遅らせることができる場合もあります。もし、心当たりがある場合は、早めに医療機関を受診しましょう。

認知症が原因で発症した失行の場合は、治療は困難です。しかし、普段からの予防やケアによって進行を遅らせられるでしょう。認知機能を維持するための方法もいくつかありますので、ぜひ最新の研究をチェックしてみてください。

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