04認知症コラム
【弁護士監修】
認知症の相続人がいる場合に
注意すべきこととは-問題点や対策を紹介
2025.08.29

相続人・被相続人が認知症の場合は、通常の相続手続きが難しくなることがあります。認知症の方が相続人・被相続人になる場合のよくある問題や注意点、法定成年後見制度を利用するケースについてまとめました。また、認知症の相続人が相続放棄や遺産分割協議を実施する方法も解説します。
相続の基本知識
相続とは、亡くなった人の権利や義務、財産などを配偶者や子などが引き継ぐことです。相続においては、亡くなった人は「被相続人」、権利や財産などを引き継ぐ人は「相続人」と呼ばれます。
民法で定められている相続の決まり
民法では相続人の範囲や相続の割合などが細かく定められています。なお、法律で定められた相続人は「法定相続人」、法律で定められた相続割合に従って相続する財産や権利などは「法定相続分」です。法定相続人には、「被相続人の配偶者」と、被相続人と血縁関係にある「血族の一部」がなります。
なお、民法に従って相続することを「法定相続」と呼びますが、遺言書がある場合には遺言内容を優先して相続を実施するため、必ずしも法定相続通りに相続が行われるわけではありません。また、相続人全員が集まって「遺産分割協議」により相続を実施する場合も、法定相続通りの相続が行われない可能性があります。
遺産分割協議とは
遺産分割協議とは、相続人全員で遺産相続の方法を話し合って決めることです。被相続人が遺言で遺産分割を禁じている場合を除き、遺産分割協議により相続を実施できます。
土地や家屋などの分割しにくい財産が含まれる場合には、法定相続分通りの相続が困難です。また、遺言書が作成されていない場合や遺言書の内容が相続人全員にとって受け入れがたい場合もあるでしょう。こうした場合には、遺産分割協議により相続人全員が話し合って、各相続人が受け取る財産や割合などを決めることができます。
なお、遺産分割協議により相続を実施したときは、協議に参加した相続人全員が合意したことを示す「遺産分割協議書」を作成しなくてはいけません。不動産の登記移転や銀行預金の名義変更や解約など、相続の各手続きの際に法務局や金融機関から遺産分割協議書の提示を求められます。遺産分割協議書は相続人も作成できますが、公正証書として公証人に遺産分割協議書の作成を依頼することもできます。
【相続人が認知症の場合】
相続手続きに注意すべき理由
相続人に認知症の方がいても、相続自体は可能です。しかし、認知症の方で意思能力がないと判断される場合は、相続や遺産分割協議などの法律行為をしても無効になることがあります。

意思能力を有しなければ相続放棄や
遺産分割協議ができない
意思能力=法律行為を行う際にその行為の結果を
自分自身で理解できる能力
基本的に意思能力がない方は法律行為をすることができません。法律行為をしても無効として効力を否定されるリスクがあります。したがって、意思能力がない方は法律行為ができず、相続放棄もできません。相続放棄ができないと、被相続人が負債を抱えていた場合はそのまま相続することになります。
また、遺産分割協議は内容に相続人全員が合意する必要があります。相続人の中に意思能力がない方がいる場合、意思能力がなければ有効な合意の意思を示せないとされ、遺産分割協議の成立が困難になります。仮に意思能力を有さない相続人を含めて遺産分割協議をしたとしても無効になります。
また、次の場合も遺産分割協議が無効になるおそれがあります。
- 行方不明の相続人を除外して遺産分割協議を実施した
- 遺産分割協議後に新たな相続人が判明した
- 未成年者だけでなくその親も相続人で利害が対立するにもかかわらず、親が未成年者の代理人として遺産分割協議に参加・同意した
遺産分割協議ができないことで発生する4つの問題
相続の際には必ず遺産分割協議をしなくてはいけないというわけではありません。たとえば、相続人が1人の場合や、法定相続や遺言書にしたがって遺産を分割する場合には、原則として遺産分割協議は不要です。しかし、遺産分割協議ができないことで問題が生じることもあります。
法定相続分で分けることで
相続税が節税できなくなる
通常は遺産分割協議において話し合いで相続分を決め、相続税の負担を減らす対策を取ることが多いです。しかし、遺産分割協議ができなければ、法定相続分で遺産を分割することになります。したがって、遺産分割協議ができず、柔軟な相続が叶わなかったばかりに、相続税の負担が大きくなってしまうおそれがあります。
相続した不動産を売却や賃貸に出せなくなる
不動産のように分割が難しい財産については、法定相続人全員の共有名義による相続になることがあります。共有名義の不動産を売却あるいは賃貸物件として活用するときは、共有名義人全員の同意が必要です。
しかし、共有名義人の中に認知症などの意思能力がない方がいる場合は、同意を得られないため、売却や賃貸利用が難しくなる恐れがあります。不動産を有効活用できず、固定資産税のみ支払い続ける状態が続くかもしれません。
被相続人の預金を一定額しか引き出せなくなる
基本的には相続人全員による遺産分割協議が成立してその内容を金融機関に示さなければ、被相続人の預金を引き出すことはできません。被相続人が亡くなると、相続手続きが完了するまでは銀行口座や証券口座は凍結され、預金の引き出しや資金移動ができなくなってしまいます。
しかし、葬儀費用や遺族の生活費などについては、例外的に相続人の一人が単独で金融機関の窓口で払い戻しを受けられます。引き出せる金額については、以下右記をご覧ください。ただし、引き出した金額は相続対象財産となるため、遺産分割協議の際にも含めることが必要です。
- 遺産分割前に単独で払い戻しを受けられる額
- 相続開始時の預金額(口座・明細ごと)× 1/3×払戻しを求める相続人の法定相続分
※ただし同じ金融機関からの払い戻しは150万円が上限
相続分の放棄ができなくなる
相続を希望しない相続人は、遺産分割協議書に署名捺印することで相続分を放棄できます。しかし、署名を他の相続人が権限なく代筆すると、相続放棄が無効になるばかりか、私文書偽造罪に問われることもあるため注意が必要です。
相続人が認知症で意思能力がないと判断される場合、相続放棄を含む法律行為ができません。被相続人に負債がある場合には、負債もそのまま引き継ぐことになってしまいます。
遺産分割協議を行うには
法定成年後見制度を利用
意思能力を有しない相続人が1人でもいるときは、遺産分割協議が難しくなります。しかし、「法定成年後見制度」を利用すれば、意思能力のない相続人がいる場合でも遺産相続協議ができるとされています。

法定成年後見制度とは?
法定後見制度(法定成年後見制度)とは、障害や加齢などにより意思決定が難しい方に代わって、家庭裁判所で選ばれた「成年後見人」が契約や相続といった法律行為をしたり、不利益な法律行為を取り消したりすることにより被後見人(=意思決定が難しい方)を保護・支援する制度です。
なお、成年後見人は被後見人の利益を第一に考える必要があり、後見人自身の利益を追求してはいけません。認知症により意思能力に問題がある場合も、成年後見人が選任されれば、遺産分割協議の内容に合意したり相続放棄をしたりできるようになります。
法定成年後見制度を利用する際の4つの注意点
法定成年後見制度を利用する際には、いくつか注意すべき点があります。相続手続きを円滑に進めるためにも、制度利用時の注意点を確認しておきましょう。
必ずしも親族が後見人になれるとは限らない
法定成年後見制度では、後見人は家庭裁判所によって選任されます。候補者の希望を出すことは可能ですが、必ずしも親族が後見人として選ばれるとは限りません。
そもそも法定成年後見制度は被後見人の権利や財産を守るための制度です。親族は被後見人と利益が相反することも多いため、後見人として適切ではないと判断されることがあります。状況にもよりますが、弁護士や司法書士などの法律専門家が後見人になることが一般的です。
後見人の申立てに手間と時間がかかる
成年後見制度の申立てから法定後見の開始までには、4ヵ月程度かかるといわれています。一方、相続手続そのものには法律上の期限はありませんが、相続放棄は相続開始を知ったときから原則3か月以内、また、相続税申告は被相続人の死亡を知った日(通常は被相続人の死亡日)の翌日から10ヵ月以内に完了しなくてはいけません。遺産分割協議や書類取得などに時間がかかることも踏まえ、早めに成年後見制度の申立てをするようにしましょう。
なお、申立てには住民票や診断書などのさまざまな書類が必要です。管轄の家庭裁判所によっても用意すべき書類は異なるため、書類の種類を問い合わせておきましょう。
後見人には報酬を支払う必要がある
弁護士や司法書士などの専門家が後見人に選任された場合は、被後見人の財産から報酬を支払うことが必要です。目安は月2万円~で、管理する財産によっては月5~6万円程度になることもあります。
後見制度は、原則として途中で解除できません。被後見人が亡くなるまでにかかる費用を考慮し、制度の利用を検討するようにしてください。
思い通りに遺産分割協議ができるわけではない
後見人は遺産分割協議の場では被後見人が法定相続分と同程度あるいはそれ以上の相続ができる場合にのみ基本的に同意をします。
後見人は被後見人の利益を追求し、適切に行動することが必要です。したがって、他の相続人が被後見人である認知症の方の相続分を少なくしようと画策する場合は、後見人は被後見人の利益のために拒否する必要があります。節税目的のために相続分を調整する場合であっても、原則として後見人は被後見人を追求し、適切な判断を下さなくてはいけません。
認知症の相続人がいる場合に被相続人ができる生前対策
相続人の中に認知症などの意思能力に問題がある方がいる場合は、遺産分割が難しくなることも少なくありません。円滑な相続のために、被相続人ができる生前対策を紹介します。
有効な遺言書を作成する
遺産分割協議が必要になるのは、法定相続分や遺言にしたがって相続を実施しないときです。被相続人が相続人の納得を得られる内容で有効な遺言書を作成しておくなら、遺産分割協議なしに相続を実施しやすくなるでしょう。
また、有効な遺言書があれば、遺産分割協議なしに預貯金や不動産の凍結を解除し、相続手続きを進められます。公証役場で「公正証書遺言」として作成してもらうなら、費用はかかるものの無効になるリスクが少なく、より円滑に相続を進めやすくなります。
家族信託の利用を検討する
家族信託とは、財産の管理や処分の権限を信頼できる家族に委託する制度です。あらかじめ誰が何を相続するか決めてあるときは、家族信託の利用も検討することをおすすめします。後見人を交えて遺産分割協議をするよりも、柔軟な相続が可能でしょう。
また、被相続人自身が認知症などにより判断能力が低下しているときにも、家族信託を活用できます。あらかじめ特定の家族を受託者(家族信託により被相続人の財産を預かる人)として指定しておくことで、被相続人の意思を反映した相続を実施できるでしょう。
財産の整理を済ませる
財産を生前贈与するのもひとつの方法です。贈与には贈与税が課せられますが、相続時精算課税制度を選択すると、贈与税の基礎控除額110万円に加え、特別控除額2,500万円が非課税になります。
ただし、控除額を超える贈与に関しては、贈与税が課せられる点に注意が必要です。相続税よりも高額になるケースもあるため、弁護士などの専門家に相談してから実施しましょう。
【被相続人が認知症の場合】
気をつけるべき2つのこと
遺言書が無効になる可能性がある
遺言書が有効かどうかは、最終的には裁判所で裁判官が判断します。認知症と診断されてから作成された遺言書は、被相続人に十分な判断能力がなかったと判断され、無効になるリスクがある点に注意が必要です。
また、認知症と診断される前に作成していた遺言書であっても、すでに認知症を発症していたと考えられる場合には無効になるリスクがあります。遺言書を作成した時点で判断能力に問題がないことを示す診断書を添付しておくなど、何らかの対策を取るようにしましょう。
相続税対策ができない可能性がある
認知症の症状がみられる場合、法律行為が無効とみなされ、相続税対策などが結果としてできない可能性があります。
認知症と診断されていれば直ちに意思能力がないとみなされるわけではありません。しかし、医療記録に示されているその当時の状況などから、その時点から意思能力がないとみなされることがあり、法律行為が無効になるおそれがあります。たとえば、次のような行為を実施しても、無効になるおそれがあるため注意が必要です。
- 無効とみなされる可能性のある行為
-
生前贈与 預金口座の解約 預金の引き出し 不動産の売却 不動産の賃貸契約 生命保険への加入
認知症と相続に関するよくある質問
認知症は決して珍しい病気ではありません。75~79歳の約1割、85歳以上では4割以上の方が認知症といわれています。認知症の方の相続についてよくある質問とその答えを紹介するので、ぜひ相続対策の参考にしてください。
Q認知症の相続人が相続放棄をすることは可能ですか?
意思能力を有しないと判断される認知症の方は、法律行為が無効になるリスクがあります。相続放棄も法律行為のひとつのため、実施できないと考えられるでしょう。
また、他の相続人が認知症の相続人の代わりに相続放棄を家庭裁判所に申し立てても、原則として受理されません。仮に相続放棄が認められたとしても、後から無効になるリスクがあります。
Q軽い認知症がある場合でも相続人になれますか?
認知症の症状には個人差があり、意思能力を有しているかどうかもさまざまです。軽度の認知症であれば自分の意思で法律行為ができると判断される可能性があり、相続人としての権利を果たせるかもしれません。
ただし、本人や周囲の判断ではなく、最終的には裁判所の判断で意思能力の有無が決定される点に注意が必要です。不安なときは成年後見人を立て、本人の意思を明確に主張できる状態にしておくほうがよいでしょう。
Q親が認知症の場合相続はどうなりますか?
生前に認知症であった親が被相続人の場合は、認知症と診断された後に作成した遺言書が無効になるかもしれません。また、認知症の親が相続人として、遺産分割協議や相続放棄などの法律行為を行った場合には、無効になる可能性もあります。
いずれの場合も相続が円滑に進まないため、意思能力を有している間に有効な遺言書を作成したり、家族信託や生前贈与を利用したりといった対策が必要です。また、すでに意思能力がない場合には、法定成年後見制度の利用も検討してみましょう。
認知症の方が周りにいる場合は
早めの相続対策を
認知症と診断されると、遺言書の作成や遺産分割協議、相続放棄といった法律行為が無効になるおそれがあります。本人の意思で相続や被相続を実施するためにも、早めに相続対策を実施しておくことが必要です。
認知症は誰もがなり得る病気です。認知症についての正しい知識を入手することが相続対策に活かせる可能性があります。ぜひ以下から認知症についての最新情報を確認してみてください。